8 「ノリ屋のばあさん」って?

2011.6.10


 源氏物語の授業を終えて、教室を出ようとしたとき、ひとりの生徒に呼びとめられた。

 「授業とは関係ないんですけど、先生のお書きになったこの前のエッセイに、『海苔屋のばあさん』って出てきますよね。あれを父が読んで、先生はどうも『ノリ』を『海苔』のことだと思っておられるようだけれど、あれは『糊』のことなんだと言っていましたよ。父は大学時代に、落研に入っていたので知っているんだそうです。」と言う。

 それを聞いて、あ、そうなのか! と目から鱗が落ちる思いがした。どうして長屋には「海苔屋」があるんだろうか。他の食べ物ではなくて、どうして「海苔」なのか。「海苔」なんてそうそう毎日食べなくてもすむはずのものなのに、どうして「海苔屋」だけが長屋にあるのだろうか。そうした疑問がいつも心の片隅にわだかまっていたからである。

 「ああ、そうだったの! 『糊』なのかあ。それなら分かるね。糊なら障子を張り替える時なんかに必要だもんね。ふーん、お父さんにお礼を言っておいてね。」と言って教室を出て、そうか、そうだったのかと、ひたすら感心しながらも、足は社会科研究室に向かった。その日は、水曜日だったので、週に1回行われる「高1ゼミ」という授業で「落語ゼミ」の担当講師の山本進先生がいらっしゃっていたからだ。山本進先生のことは、以前にもちょっと書いたことがあるが(リンク1リンク2)、落語研究・評論の世界の権威である。その先生に「ノリ屋のばあさん」について更に詳しく聞きたかったのである。

 研究室に飛び込むと、山本先生がゼミの授業を終えて、社会科の教師と話しておられたので、さっそく「ノリ屋のばあさん」について質問した。先生はニコニコ笑いながら説明してくださった。

 ああ、それはそうですよ。食べる海苔なんかじゃありません。「姫糊」と言ってね、まあ、飯粒で作ったどろどろの柔らかい糊ですよ。「姫」っていうのは、柔らかいからでしょうかね。それを洗い張り*のときに使うわけです。

 そこまで聞いて、また「あ!」と思った。さっき、生徒に向かって「障子を張るときに使うもんね。」などと言ったが、その時にも「そんなに何度も障子を張り替えるものかなあ。」という疑問が心の片隅にあったからだ。それが「洗い張り」という言葉を聞いて氷解した。「洗い張り」ならぼくが幼い頃、家でも年中やっていた。庭に立てかけられた大きな板と、そこに張られた着物のイメージが鮮やかにぼくの頭の中に広がった。

 山本進先生の「講義」は続く。

 洗い張りはね、日常的にいつもやることですからね、姫糊は生活必需品なんです。ですから、江戸時代の長屋には必ず1軒の「糊屋」があったんです。しかも、ひとつの長屋に1軒の「糊屋」と決まっていたみたいですね。糊屋は、家でも商売したでしょうが、糊を袋につめて売り歩くこともしたんです。姫糊は、糊屋が作ったのですが、これを作る業者もいて、長屋の「糊屋」に卸すということも行われていたようです。姫糊というのは、柔らかい糊で、洗い張りに使われるわけですが、ものの接着などには、飯粒をヘラでつぶして糊として使いましたね。(「ああ、それ、小さい頃やりましたよ。」とぼく。)そういう固い糊を「そくひ」と言ってね、飯粒をつぶすヘラを「へらぼう」と言ったわけです。これが江戸っ子の「べらぼうめ。」の「べらぼう」の語源です。つまり「穀潰し」というわけでね。

 いやー、専門家というのはスゴイ。何を聞いても、正確な情報が続々とよどみなく出てくる。それにひきかえ、ぼくときたら……。何を話しても、中途半端な間違いだらけ。まったく情けないことこの上もない。

 しかし孔子様も言っている。「過ちては則ち改むるに憚ること勿かれ。(間違えをおかしたら、まごまごしないですぐに訂正せよ。)」と。ここに、憚ることなく、訂正する次第であります。


*「洗い張り」=着物を解いて洗い、のりをつけて広げた布を、張り板に固着させたり、伸子(しんし)で張ったりして乾かす方法。

「伸子」=洗い張りや染色のとき、織り幅の狭まるのを防ぎ一定の幅を保たせるように布を延ばすための道具。両端に針がついた竹製の細い棒で、これを布の両端にかけ渡して用いる。

いずれも「デジタル大辞泉」による。


 

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