83  ぼくのオーディオ遍歴 その6 ── JBLのスピーカー    

2021.11.22

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 町田の奥のほうの新設2年目の都立忠生高校から、都心の青山高校に異動したのは、1977年。秩父宮ラグビー場の真ん前にあるという、とてもオシャレな環境だったが、そのころ、忠生高校での想像を絶する「心労」がたたって、疲れがどっと出たのか、心身の不調は頂点に達していて、そのオシャレな環境を楽しむことすらできなかった。

 7年間の勤務の間、学校から5分ほど歩けばすぐに行けるのに、あの有名な外苑のイチョウ並木にも行ったことがなく、いやそれどころか、どこにあるのかすら知らなかった。(知ったのは、それから30年以上経ってのことだった)とにかく、授業が終われば即帰るという日々で、原宿だの青山だの渋谷だので、飲んで遊ぶなんてことは、ほとんどなかったのだ。

 そのかわり、昼食は、学校を出て、近くのレストランなどを30カ所以上も巡った。

 そのレストランで実に魅力的な音に出会ったのだ。これが三つ目である。

 その音は上から降ってきた。見上げると、吹き抜けの天井の梁に小さなスピーカーが置かれていて、そこからキレイで粒だちのいいジャズが流れてきていたのだ。それがJBLのスピーカーだった。そのころは、件のダイアトーンを家に設置していたころだったはずだが、それとは比べものにならないくらい小さいスピーカーなのに、出てくる音色は、艶があって、キレがよくて、心地よかった。

 ぼくは思わず、レジの方へ近寄って、アンプを確かめた。不確かな記憶だが、マッキントッシュのアンプだったと思う。音源がレコードだったのか、CDだったのか覚えていない。CDの普及は1980年代だったはずだから、まだLPだったのかもしれない。

 これ以来、JBLのスピーカーは、憧れの的となった。けれども、薄給の教師としては、そうそうオーディオに金をかけてもいられない。無理だよなあと諦めていたころ、知人から耳寄りな話が舞い込んだ。

 JBLのスピーカーをもらったのだが、自分の家には大きすぎて困ってるのでもらってくれないかということだった。それはもちろん、即OKである。しかし、やってきたそのスピーカーを見て仰天した。でかい。でかすぎる。高さが90センチぐらい、幅も奥行きも60センチぐらいある。一個置くと、それだけで部屋が狭くなる。家内は渋い顔をしていた(はずだ)が、夢中になると他にはまったく目がいかないぼくのこととて、諦めていたのだろう。

 しかしそのスピーカーから出てくる音は、圧倒的だった。特に、ヴォーカルが厚みがあって深くて暖かくて、ダイヤトーンの音とは根本的に違っていた。これはすごいものを手に入れたとしばし悦に入っていたのだが、何日か聞いているうちに、異変に気づいた。

 ロン・カーターのアルバムを聴いているときだった。ベースの低音がズーンと響くときに、ビリビリという変な雑音が入ることに気がついたのだ。これでは台無しだ。どうしたんだろうと、スピーカーの前の網みたいなのを外して見ると、巨大なウーファーのエッジのゴムみたいな部分が劣化して、破れていた。ボロボロである。これが変な振動を起こして、雑音となっていたのだ。

 スピーカーも古くなると、こういう部分が劣化するのだ。では、これをどうしたらよいのか。もちろん自分で直せるシロモノではない。

 で、伊勢佐木町のほうにあったオーディオ専門店に出かけて聞いてみると、張り替えしかないけど、5万ほどかかるという話だった。そんな金を払えるわけがない。こうなると、いくらJBLのスピーカーだといっても、まさに無用の長物でしかない。しかし捨てるにしても、あまりに大きすぎてどうしたらいいかわからない。

 その窮状を聞いて、件の知人がいろいろと行く先を探してくれて、あるレストランだか料理屋だかで、修理して店に置きたいという人を探してきてくれた。しかも、家にとりにきてくれるという。残念なことだったが、しかし、この巨大なスピーカーをリビングにこれからも起き続けることなんか非現実的このうえもないことなので、ほっとしたことも事実だ。家内も喜んでいた。

 そんなわけで、JBLのスピーカーは、ぼくの「オーディオ人生」においては、幻と終わったのだが、つい最近、このJBLのスピーカーがペアで3万円代という信じられない安さで出ていることを知った。食指はタコの如く動いたが、今書斎に鎮座しているDENONのS301を大型ゴミで捨てるなんていう悪逆非道な行いはできないから、諦めた。

 それはさておき、この青山のレストランのJBLのスピーカーも、その「置き方」にポイントがあったわけだ。太い梁に乗ったスピーカーは、空中にあるようなもので、これもまた理想的な設置法だろうと思う。床に共鳴しないから、とことん抜けのいい音になるわけだ。クラシックをじっくり聴くには向かないだろうが、環境音楽として、「音に包まれる」ような感じを出すにはいい。

 そういう意味では、アップルの「HomePod」に、今、ちょっとだけ食指が動いている。まったく、きりのない話である。

 


 

 

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