やはり双子だからか、妹と私は同じ日に男の子を産み落とした。妹の子供を見て一瞬父親が知られてしまうと焦ったほど、我が子は彼には似なかった。しかし、左腕に燦然と輝くウルの印ははっきりと我が子であることを証明している。それは安堵と同時に落胆をもたらした。せめて面影と共に生きて行こうという当てが外れてしまったからだ。そういえば母は青みがかった髪をしていた。同じ先祖返りなら我が子ならよかったのに…。
 自分にも妻にもない髪の色に怯むことのなかったジャムカ王子を見直すと同時に羨ましくてたまらなくなる。二人の絆の強さを見るにつけ、自分がどうしようもなくつまらない存在に思えてならない。
「姉御!」
 勢いよく扉を開けてデューが部屋に入ってきた。その腕には首が座ったばかりの我が子。私は子供を受け取ると軽くあやした。
「聞いておくれよ。さっき、ファバルってばおいらを見て笑ったんだ」
「そう…デューのことわかるようになったのね」
「もしかして…父さんって思ってるのかな」
「せめて兄さんって言いなさいよ。その年で父親なんて…」
「おいらは別に構わないけど…姉御がかわいそうだね」
 一瞬目を伏せたデューはすぐに笑顔を向けてくる。自分と似たような境遇で放っておけないと手がかかる息子の世話を買って出てくれる。申し訳ないと思いながら、彼の厚意に甘え続けている。
「もう少ししたら一緒に遊ぶんだ。おいらが剣とか教えてあげるから」
「だったら、もう少し稽古した方がいいわね。ファバルの世話してくれるのは嬉しいけど、最近さぼってるでしょ」
「…姉御ぉ…それはないよ…」
「楽しそうですね。何を話していたんです?」
「別に何でもないよ。…ミデェールこそ何の用だよ?」
 開いていた扉から顔を出したミデェールに対してあからさまに嫌な顔をするデューに私達は顔を見合わせて苦笑した。
「デューがファバルに剣を教えてくれるって言うからもっと稽古しなさいって言っていたのよ。…だったらミデェールには弓と乗馬を教えてもらおうかしら」
「何でさ。弓ならブリギッドが教えればいいじゃない。それにミデェールなんかよりジャムカの方が上手いのに…」
ますますデューの敵愾心を煽ってしまったが、ずっと考えていたことを口にするいい機会だと私は思っていた。
「ファバルにはお父様のような弓騎士になってほしいのよ。馬に乗りながら弓を使うのは私でも無理…今から練習してもね。やっぱり幼い頃から訓練しないと…。私も本当なら弓騎士になるはずだった。それをファバルにっていうのは勝手な願いかもしれないけど…」
「そ…そんなことないよ!おいらだって親の仕事がわかったら同じ仕事したいって思う。…やっぱり盗賊かもしれないけど」
 私を励ますつもりが逆に落ち込み、デューは俯いてしまった。そんなデューをミデェールが慰める。この二人は結構いいコンビなのだ。
「デューにはすごい技があるじゃないか。太陽剣って剣士が使う技だろ」
「…そうだね。たまにはいいこと言うじゃん、ミデェールも。おいら、剣の稽古頑張ろっと」
たちまち機嫌を直したデューにほっとしながら、頭の中はさっきの話が続いていた。
(彼と同じ騎士に…)

* * *

 子供が生まれてからしばらくは体調がすぐれなかったこともあって、外に出ることはほとんどなく、それも自分の部屋かエーディンの部屋に閉じ籠っている状態が続いていた。自分で選んだ道とはいえ、皆がどんな反応をするのか怖いだけなのかもしれない。
 でも、息子はデューやミデェールに連れられて立て続けに生まれた仲間の子供達の輪の中に入っている。…私もいつまでも部屋の中にはいられない。手入れだけは欠かしたことのないイチイバルを手に、久しぶりに射ることにした。
 セイレーン城の弓の練習場はペガサスを刺激させないためか、かなり奥まったところにある。それが今まで二の足を踏んでいた理由の一つだった。普通に彼と顔を合わせる自信は正直言ってまだない。それに…。
 近道をしようと中庭を抜けようとしたのが間違いの元だった。鈴を転がしたような笑い声が耳に入り、ふとそちらの方を見てしまった。
 いくら後悔してももう遅い。すぐに立ち去ろうとしたが、金縛りにあったかのように身動きが取れない。何度も夢に見た姿と声。忘れたくても忘れられない…忘れられる訳がないのに。
「…そろそろお茶の時間ですね。エスリン様がラケシス様も是非にと」
「いつもありがとう。…ねえ、フィン…少しは私も強くなれたかしら?」
「ラケシス様はマスターナイトとなられたのです。私など足許にも及びません」
「そんなことないわ!私が頑張って来れたのもみんなフィンのおかげ…」
「もったいないお言葉ありがとうございます…」

 その後どうやって練習場に行ったのか、途中で誰かに会ったのかさえ全く覚えていない。彼が彼女に見せた表情が頭から離れない。
『ラケシス様はすっかりお元気になられて…。フィンがずっと励ましていたんですって。最近ではほとんど一緒に行動されてるそうよ。お二人を見ていると微笑ましくて…』
ある日何の話題から逸れたのか妹が何気なく口にした話がこだまする。
 頭を空っぽにしたくてひたすら矢を放つ。矢が宙を滑り、的に当たる心地よい音が私を弓に集中させていく。手持ちの矢がなくなった頃に我に返り、腕が鈍っていないことを確認してほっとする。…と同時にそれがウルの血の力でしかないことを実感せざるを得ない。私はこの力に守られて生きて来られたにすぎない。感謝こそすれ、疎ましく思うなど許されないことだ。だけど…。
「さすがだな」
 背後から声をかけられ、矢を引こうとする手を止めた。
「ジャムカ…。あなたも稽古に来たの?すぐに退くわ」
「いや…邪魔にならないようにするから見ていていいか?」
「別に構わないけど…」
再び矢を番えて放つ。後ろの気配が気にならなくはないが、そんなことを気にしていては戦場には立てない。しかし、改めて気付かされる。背中を預けられるのは一人しかいないのだと…。
「やっぱり俺とは格が違う…今さらながら思い知らされるな」
「何を言ってるの?とてもあなたの言葉だとは思えないわ」
 調子が上がってきたところで、再びジャムカが話しかけてきた。その物言いが普段とは異なることには気付いていたが、構わず射続ける。
「弓には自信があったんだ。ユングヴィの人間だろうが負けないって。でも、初めて会った時にその自信は呆気無く崩れたよ」
「………」
「ミデェールにもショックだったが…あんたには完膚なきまでに叩き潰された。まあこんなこと言われてもあんたにはどうしようもないな…すまん」
 明らかにいつものジャムカではない。何かに怯えているような感じがする。でも、あまり立ち入るべきではないと思い、手は動かしたままで彼に問いかけた。
「ジャムカ、どうかしたの?」
「…ミデェールのことどう思ってるんだ?」
「ミデェール?彼がどうしたの?」
 思わす私は手を止め、彼に向き直った。彼は言い難そうに視線を私から外した。
「あいつと結婚したらどうだ」
「…え…?どういうこと?」
「…それは…だ…あいつもあんたのこと悪くは思ってないようだし…」
「エーディンもそう言ってるの?」
「いや…エーディンは何も言わなかったが…」
「そう…。でも、そんなことはできないわ。私は体面なんて気にしないし、何よりミデェールに失礼でしょう」
「だが…」
「確かに私はエーディン様をお慕いしておりました。ですが、それとブリギッド様とは何ら関係ありません」
「ミデェール…」
 いつの間にかミデェールがファバルを抱いて立っていた。気まずそうな表情を浮かべるジャムカを後目に、ミデェールは近付いてファバルを私に返した。
「体面を取り繕うために、そうしろとご命令いただければ従います。ですが、それをお決めになるのはブリギッド様。エーディン様の夫君だからといって…いえ、エーディン様にもその権限はありません。そしてブリギッド様には取り繕わなければならないことなどないのです」
毅然と言い放つミデェールに私達は呆気に取られた。柔和な印象が勝っていただけに驚くしかなかった。しかし、これが彼の本質なのだ。これが騎士…?
「…余計なお節介だったか」
「心配してくれるのは嬉しいわ。でも、私は今のままがいいの…」
「わかった…もう何も言わない」
「ありがとう、ジャムカ…」
「失礼なことを申し上げてしまい、申し訳ありませんでした」
 深々と頭を下げるミデェールに軽く手を振り、ジャムカは稽古場を出ていった。そして、彼の姿が消えた後ミデェールは再び頭を下げる。
「ブリギッド様にも失礼なことを…」
「そんなことないわよ。顔が似てるからってエーディンと私じゃあね…」
苦笑混じりに零した一言をミデェールはまともに受けて返してくれた。
「ブリギッド様の代わりはおられませんが、エーディン様はそうではない…だから惹かれたのかもしれません」
「ミ、ミデェール…?」

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