82 「粋」は、どこに?

2016.4.26

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 何でもかんでも商売のネタにする世の中である。

 オリンピックのエンブレムがどうのこうので大騒ぎしているから、なんで、エンブレムなんか必要なのかと思ったら、「使用料収入」があるからという理由もあるらしい。なるほど、オリンピックがらみで商品を出そうとすると、そのエンブレムを使いたくなり、そうなるとオリンピック委員会だか何だかしらないが、そういうところへ「使用料」を払わねばならぬ、ということか。なんだかガックリくる。

 今度採用されたエンブレムは藍色の市松模様で、「日本の粋」や「伝統」を表現しているというのだが、え? 「粋」ってどういうことだっけと、思わず九鬼周造の『「いき」の構造』を読みたくなった。悔しいのは、ここで「読み返したくなった」と書けないことで、こんな有名な本を、題だけ知っていて読んでないというのは、恥ずかしいことこの上もないのだが、といって、このエッセイを書くために読んでいたら、いつまでたってもエッセイを書けないので、すっとばすが、いずれにしても、「今の日本って、そんなに粋かい?」って、朝ドラ『とと姉ちゃん』の大地真央みたいに変なカッコをつけて宝塚的発声で言ってみたくもなるじゃあないか。

 そう啖呵切ったところで、「粋」ってなあにというところが判然しないのではしょうがないので、『日本国語大辞典』を引用すれば、

「粋」(1)気風、容姿、身なりなどがさっぱりとし、洗練されていて、しゃれた色気をもっていること。また、そのさま。主として近世後期以降発展した一種の美的理念。(2)遊里、遊興に精通していること。

となっている。この反対語が「野暮」で、これもかの辞典によればこうだ。

「野暮」遊里の事情に暗いこと。性行、言動が洗練されないでいて田舎くさいこと。世態、人情の機微に通じないこと。気がきかないこと。不粋。また、その人やさま。

「遊里」のことはさておき(ちなみに、こうした「遊里」で「粋人」を気取るやに下がった男もぼくは嫌いである)、「さっぱりとしていて、洗練されて、しゃれた色気を持っている」のが「粋」で、「言動が洗練されてなくて、田舎くさくて、人情の機微が分からなくて、気がきかない。」のが「野暮」だとすれば、今の日本が、どっち側にあるかなんて、小学生にでも分かることではないか。(いや、小学生にはちと無理か。小学生は「野暮」でいいし、そうでしかありえない。「粋な小学生」なんていたら気持ちが悪い。)

 「野暮」というのは、結局何がなんでも「金!金!」ということに尽きる。金や権力をひけらかす田舎者が徹底的にバカにされる落語を聞いてみればすぐに分かる。それが野暮だ。

 エンブレムを大金かけて作って、その作る過程にもいろいろ金とか権力がからみ、それで作り直しになるなんてこと自体が野暮の極みなのに、その野暮なドサクサの挙げ句に出てきたのが「粋」なエンブレムというわけで、その「粋」なエンブレムが、金まみれになるってわけなんだから、もうどう表現したらいいのかわかんない。

 別にエンブレムを親の敵だと思っているわけではない。ほんとは、どうでもいいのである。オリンピックだってどうでもいい。どうでもよくないのは、いまだに、この「日本の伝統」が「粋」だと思い込んでいる人、思いたがる人が多すぎるということだ。「粋な人」はそれこそたくさんいる。けれども、それは日本にしかいないわけではない。粋な外国人だってたくさんいる。行ったことがないからよくは知らないが、ヨーロッパあたりの田舎に行くと、粋なオジイサンやオバアサンがたくさんいるような気がする。(そんなテレビの旅番組をよく見る。)

 しかし、この日本が、今、「粋な国」だなんて、ぼくはどうしても思えない。「粋」が「伝統」として、生き生きと生きている国だなんて絶対に思えない。いや、そもそも「粋」は、「国」と相容れないのだろう。「金だって? あたしゃそんなものに、興味はないよ。」なんて大店の若旦那みたいなことを国が言っていたら、それこそ「国」は成り立たない。それは重々分かっている。分かっているけど、ぜんぜん「粋」じゃない政治家や実業家なんかが、「日本の伝統である粋をアピールしましょう。」みたいなセリフを言うのを聞くと、「てやんでえ!」って思うわけである。

 つい先日、NHK-BSの火野正平の『こころ旅』を見ていたら、山梨県の勝沼あたりを自転車で走っていて、道路の周辺にピンクの桃の花が満開だった。その美しさは、ソメイヨシノの及ぶ所ではない。そういう風景をテレビでみながら、陶淵明の「桃花源記」や、老子の「小国寡民」の話を思い出していた。それこそ本物の「粋」じゃないかと、つぶやいてみる昨今であるが、こんなことを書いて老後の憂さを晴らしているというのも、なんとも野暮な話である。

 


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