72 顕微鏡とスキャナー

2016.1.25

★画像付きブログで読む


 去年の1月に、ということは、ちょうど1年前ということになるが、デジタルの顕微鏡を買った。きっかけは、岩波書店の広報誌「図書」の表紙に、顕微鏡写真が載ったことだった。それは、シャボン玉の表面を撮影したもので、その見事なカラーにおどろき、そうか顕微鏡写真というものがあったなあと思ったのだった。

 顕微鏡写真ということになると、ぼくの中では歴史が非常に古い。小学生の時から理科が大好きだったぼくは、顕微鏡を買ってくれろと父に頼み続けた。ペンキ屋をやっていた我が家では、いろいろと借金などもあって家計は火の車だったらしいのだが、そんなこととはまったく知らなかったぼくは、しつこく「買って。買って。」と言い続けた。父はしぶって、なかなか買ってくれなかったが、半年後ぐらいだっただろうか、突然、顕微鏡を買ってきてくれた。それが、安物ではなかった。オリンパスミックという、当時としては学生用の最高級のもので、ぼくが買ってくれといっていた安物とは雲泥の差だった。父は、どうせ買うなら最高のものをと思って半年も待たせたようだ。(このことについては、すでにこういうエッセイを書いています。「切ないほど欲しいモノ」。)

 これは優れもので、高校生になっても愛用し続けたが、確か中3のころだったか、何とかこれを使って顕微鏡写真が撮れないものだろうかと考えた。で、そのころ持っていたフジペット35というカメラを、顕微鏡の接眼レンズのところにくっつけて、シャッターを切ってみた。とはいえ、いったい、顕微鏡の中というのは、焦点距離がどう設定していいかわからないので、取りあえず無限大に設定し、露出も適当に決めて何枚か撮った。撮れるわけがないと思っていたのだが、現像してみて驚いた。ちゃんと撮れている。ピントもしっかり合っているのである。それから1年もしないうちに、今度はオリンパスペンというカメラを手に入れたぼくは、同じことをやってみた。今度は、カメラのレンズ部と、顕微鏡の接眼レンズ部のサイズまでぴったりだ。やっぱり撮れた。

 その写真を、学校の生物部の部室に張っておいたところ、生物部の顧問の浅野明先生の目にとまった。(先生は、当時、顕微鏡写真でフジカラーカコンテストで優勝し、賞品として自動車一台をもらうという快挙を成し遂げた。今でも富士フィルムのシンボルカラーの緑色のツートンカラーのクルマが目に焼き付いている。)「これ、誰が撮ったんだ?」というから、「ぼくです。」と答えると、どうやって撮ったのかを聞きたいという。詳しく説明すると、こんどオレが出す本に、その話を載せてもいいかというので、もちろんかまいませんと答えた。その話は、補足をして先生は自著に載せ、ついでにぼくが撮った写真も載せた。つまり、中学生のぼくが撮った写真が、講談社ブルーバックスの1冊『ミクロの世界』に載ったのだった。

 その後、先生は、ご自分が使っていた顕微鏡写真の本格的な撮影機材を学校で自由に使っていいといってくださり、高校生のころは、顕微鏡写真に凝りに凝ったのだった。もちろん、お小遣いもそうそうなかったから、写真はモノクロだったのだが。

 しかし、理系ではなく大学の文学部へ進学せざるを得なかったぼくは、顕微鏡写真はそれっきりとなってしまったのだった。植物や鳥の写真は、その後も、折りに触れて撮ってきたのだが、顕微鏡写真までは手が回らなかった。それに、自宅に高価な撮影機材を買う余裕ももちろんなかった。

 ところが、去年の1月、久しぶりに顕微鏡を買おうかと思って調べたら、デジタルで簡単に写真も撮れるものが3万円を切る値段で出ていることが分かり、さっそく買ったのだった。さあ、これで、何でも自由自在に撮ってやるぞと意気込んだのだが、どういうわけか、数枚撮っただけで、顕微鏡はお蔵入りになってしまった。なにしろ、やりたいことが次から次へと出てきて、そのうえ、やらなければならない仕事も相当にあって、手が回らなかったのだ。

 1年たって、つい最近、仕事も一段落し、それじゃあ、ちょっと撮ってみるかという気になって、何枚か撮ってみた。冬なので、適当な素材がないが、それでも咲いている花の花粉とか、種とかを撮ってみると、さすがにカラー写真だけのことはあって、面白い画像ができる。

 けれども出来た写真をよく見ると、どうしても画素が少ないために、普通のデジタル写真の足もとにも及ばない解像度である。これじゃ、観察にはいいが、写真としてのクオリティに欠けるなあ、と不満が残った

 そのうち、そうか、実体顕微鏡というのがあったっけ、と思い出した。普通の顕微鏡は、素材をスライスして、光を透かして見るのが原則だが、そではなくて、たとえば花なら花を、そのまま立体的に看ることのできる顕微鏡で、双眼顕微鏡とも呼ばれる。これに、カメラを取り付けられるものがあるのだ。調べてみると、顕微鏡本体と、カメラアタッチメントを合わせると、10万円をちょっと超してしまう。迷った。

 もし、それで、すごくシャープな映像が撮れるなら、10万円は決して高くない。ところが、アマゾンの「評価」に、たった一人だけれど、コメントを書いている人がいて、それによると「ピントが甘くて使い物にならない。」とすげない。本当だろうか。ニコンの製品だが、10万円もして、ほんとに使い物にならないくらいピントが甘いのだろうか。これをどうやって検証したらいいのか。

 こういう時はやっぱり検索である。実際に撮った画像のサンプルをネット上で探した。やっぱりあった。数枚のサンプル画像がある。それをみると、確かにピントが甘い。ぼくが求めるシャープさとはほど遠い。これじゃダメだ。シャープな画像となると、数十万する業務用となるだろう。そんなわけで諦めた。

 ところが、その時、ふとひらめいたことがあった。去年、古いネガとかポジのフィルムをスキャンして復元作業をしたとき、スキャナーの解像度はやたら高く設定していた。あれと同じぐらいに解像度を上げてスキャンすれば、実体顕微鏡と匹敵する画像が得られるのではなかろうか。

 普通、絵などをスキャンする時には、だいたい360dpiに設定している。これを最高の12800dpiでスキャンしたらどうなるだろうか。これだけの高解像度となると、スキャンにかかる時間もかなりのもので、切手1枚分ぐらいの大きさをスキャンするのに、1分以上かかる。けれども、結果は上々だった。これなら使い物になる。スキャナーは、実体顕微鏡でもあるのだ。

 とまあ、ちょっと話が専門的になってしまったが、こういうことに興味のある人の参考になれば幸いである。


Home | Index | Back | Next