98 「ゆる鉄」かあ 

2012.11.1


 先日、中高時代の友人のひとりと飲む機会があって、そこではじめて「ゆる鉄」という言葉を耳にした。この友人とは、中高在学中はほとんど付き合いがなかったのだが、同期会でたびたび顔を合わせているうちに、お互いに「テッチャン」であることがつい最近判明して、それじゃテッチャン仲間ということで一度ゆっくり飲もうやということになったのである。

 イタリアンレストランでワインを飲みながら、ひたすら鉄道談義で盛り上がったわけだが、そうはいっても、ぼくのほうは「ちょっとだけテッチャン」なのに対して、彼は「ディープなテッチャン」なので、ほとんどぼくは聞き役だった。

 で、その彼の話の中に「ゆる鉄」という言葉が出てきたのである。「ゆるキャラ」なら知ってるが、「ゆる鉄」とは聞き慣れぬ。そのうち、中井なんとかいう人を知っているかというから、これも知らないというと、この人の撮っている鉄道写真がいいんだという。どういう写真かというと、鉄道車両をばっちり撮るというのではなく、桜の花の向こうにわずかに電車が見えるとか、駅の改札口でひなたぼっこをしている猫とか、そういう「ゆるい」写真なのだという。

 それを聞いて、ぼくは思わず、そうか! と膝を打った。それというのも、ぼくがここ数年、そういう写真を撮りたいなあと漠然と思っていながら、そういうのは鉄道写真とは言えないんだろうなあ思って二の足を踏んでいたからだ。

 我が家から歩いて30秒ほど行ったところに京急の線路があり、その線路ぎわの道は、京急電車を撮るには絶好のポイントだった。わざわざ関西の方から撮影にやってくる人もいたぐらいで、ぼくもそこでずいぶん京急電車を撮ったものだ。ブルースカイトレインが出はじめのころなどは、何度も足を運んで撮りまくった。けれども3年程前、そこにとうとう防護ネットが張られてしまったのだ。ネット越しに見えはするが、全然写真にはならない。それで、電車の撮影から急速に遠ざかってしまったというわけだ。

 しかし、夏にウオーキングなどしていると、上大岡駅附近のガードの上を走る京急電車の姿に思わず見とれたりして、こんなところから撮るのも面白いかもねなどと、家内にも話していたのだ。けれども鉄道写真というものは、その道の人に言わせると、けっこう厳密なものがあるらしくて、たとえば、先頭車両から最後尾の車両まで全部いれなきゃだめだとか、太陽の反射で車両の色がとんでしまってはダメだとか、まあ、いろいろとコウルサイことをいう人がいるわけで、そんなの関係ないじゃんと思っても、何だか、いくら撮っても、専門家に「そんなシャシン、ちゃんちゃらおかしいぜ。」って言われるような気がして、その気にならなかったのだ。

 そこへもってきての「ゆる鉄」なのであった。

 あとで調べると、友人が言っていた中井なんとかさんというのは、中井精也という人で、「ゆる鉄」という言葉を作ったご本人だとか。ブログの「1日1鉄」はその道の人には大人気だという。覗いてみると、なるほど面白い。ものすごく面白い。

 自分が何となく、こんなのどうかなあと思っていることが、きちんとした「ジャンル」として確立していることに感動してしまった。というか、そういうジャンルを確立させた中井さんという人に驚いた。やはり、鉄道写真を仕事として取り組んできた人だからこそ、自信をもってそういうことができたのだろう。エライなあ、こういう人は。この人のおかげで、ぼくもこれから「ゆる鉄」としての人生を歩んでいけるような気がする。

 中井さんの「ゆる鉄」は、主に写真の定義だが、ぼんやり夕方の京急を眺めるのが好きとか、深夜の京浜東北線で西川口から磯子までずっと乗りっぱなしでも結構楽しいとか、そういうレベルも「ゆる鉄」という生き方ではなかろうか。

 ぼくは、何となく、人からは「ゆるい」人間と思われているらしいのだが、実際は、そうでもなくて、どちらかというと、ものごとを完璧にやりたいというタチなのだ。野鳥を撮影していたころも、何とかして、日本野鳥の会が毎年発行している「野鳥カレンダー」の写真に採用されたいなどと考えてしまうから、だんだん苦しくなってきて、結局やめてしまうという経過を辿ってきた。1本数百万円もする望遠レンズを使っている人と張り合うことなんて所詮無理なのだ。けれども、これが「ゆる鳥」というスタンスでいけば、まったく違った野鳥の写真が撮れるのではなかろうか。

 中井さんの「1日1鉄」は、とにかく一日一枚の鉄道写真を撮って、ブログに載せるという、どこが「ゆるい」んだと思わずツッコミをいれたくもなるけれど、それはそれとして、この「ゆるさ」ということを、ぼくはおおいに学び、このエッセイも、「ゆるい」ものにしていきたい。そしてできることなら、これからの人生そのものも「ゆるい」ものにしていきたい。

 それには、まずは、「ゆる鉄」かなあ。


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