92 人生の楽園 

2012.9.23


 土曜日の夕がた6時からはたいていテレビ朝日の「人生の楽園」を見ている。のんきなもんだとか、こんなことが出来るのはよほど退職金がいいからだろうとか、いろいろ悪態つきながらも、結構楽しい番組である。

 先日も、和歌山県の里山が気に入って、57歳で早期退職して土地を買い、1年以上もかけて家を作って手作りパン工房をオープンしたという人が出てきた。まあ、よくあるパターンである。こういう場合は、蕎麦屋とか、有機野菜を使ったレストランなんかが多いけれど、手作りパンも珍しくない。

 こんなことやって、生活が成り立つのかなあ、なんて呟くと、家内が、趣味でやっているんだから、別に儲からなくなくたっていいんじゃないの? って言うので、それなら何もレストランなんて開かなくても、里山に土地買って家建てて、そこでぼんやりのんびり過ごせばいいじゃないか、なんて言ってるうちに、その人が何でこんなことを始めたかということが紹介された。

 ある会社のサラリーマンだった彼は、毎日売り上げアップのために懸命になって働いていたが、40歳のころにそういう生活に疑問を持ったというのだ。それで、パン作りを学ぶ教室に通ったりして、準備をし、いよいよ57歳で退職したのだという。

 別に珍しくもないよくある理由だが、その時ふと、オレは40歳のころ、そんなふうには一度も思ったことがないなあと思った。

 22歳から今までずっと教師をやってきて、メンドクサイなあだとか、嫌だなあとか、やめたいなあとか思ったことは数え切れないほどあるけれど、こんなことをしていて意味があるんだろうかとか、こんなことをしていていいんだろうかとか、そういったことは思ったことがない。かといって、自信に満ちあふれて教師稼業を続けてきたわけではないが、とにかく、パン作り教室に通って新しい人生の準備をしようなどとまでは思ったことがないのである。

 ぼくが高校時代に曲がりなりにも職業選択に関して考えたときに、人の金儲けの手伝いはしたくないとだけ思った。浅はかなぼくには、会社に勤めるということは、会社の金儲けの片棒を担ぐことにしかみえなかったのだ。今ではそんなふうにはまったく思っていないが、そのときはそうとしか思えず、少なくとも教師は人の金儲けの片棒を担ぐことではなさそうだったからというので、教職を選んだのだった。

 考えてみれば、どんな会社でも、そこの社員として働く以上、会社の利潤の追求から自由にはなれないだろう。まして、営業でひたすらノルマをこなすというような日々が続けば、そうした人生のそのものに疑問を感じたり、虚しさを感じたりするのだろう。そういうとき、里山に移り住み、パン屋さんを開くといったような人生が「楽園」と映るのは当然だろう。

 そういう「楽園」で、いつも語られるのは、「人々との暖かい交流」であり、お客さんの「心からの笑顔」である。

 そうか、オレが、一度も「里山でのパン屋さん」なんかに憧れたことがないのは、そういう「楽園」に憧れたことがないのは、実はオレは22歳でからずっと「楽園」に生きてきたからではないのか、そういう考えがふと頭をかすめたのだった。

 教師をしていれば、もちろん辛いことも苦しいこともある。けれども、「人々との暖かい交流」も「心からの笑顔」も、実はいつも身近にある。それをぼくは当たり前のこととして特別な思いで考えたことはめったにないのだが、やっぱり「ありがたい」ことだったのだ。


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