64 ファイト〜! イッパ〜ッツ!

2012.3.31


 目医者に行った。2ヶ月に一度は目医者通いである。眼圧(目玉の硬さのこと)が高いと言われてからもう30年以上経つだろうか。最初の医者は家内の父。その後を継いだ形になった医者は、何しろあなたの視神経はボロボロですからねえ、と言ってぼくをうちのめした。そしてその医者が遠くに行ってしまったのを機に、今の医者に変えた。

 その医者に、視神経がボロボロだって言われたんですけど、って言ったら、そうでもないけどなあと言うので、見えなくなっちゃわないでしょうか、と聞くと、あんたが見えなくなるくらいだったら、ぼくなんかとっくに見えなくなってるよと、どう解釈したらいいのか分からないようなことを言った。ボロボロだ、よりはいいかと思って通っているが、やはり家内の父がいちばん優しくて、いい医者だった。

 眼圧が高いと、その影響で視神経がやられ、視野が狭くなる、つまりこれが緑内障である。(眼圧が低くても緑内障になることが日本人には多いと聞くので注意が必要らしい。)ぼくの場合、視神経は、ボロボロだと言った医者がいるくらいだから相当やられているのだろうが、3回ほどやった視野検査でも視野の狭窄はなかった。目薬をさしていると眼圧は正常に保たれるが、ささないとやはり上がる。それで、2ヶ月に一度、眼圧の検査と目薬をもらうために通っているわけである。

 その医院は、進んでいて、ネット予約ができる。しかし、それでも今回は50分待たされた。まあ、暇だからいい。待合室は、高齢者でいっぱいである。ぼくの後に、推定90歳ほどとおぼしきオバアサンが来た。ようやくぼくの番が回ってきて、視力検査と眼圧の測定をしたあと、診察室の前の椅子に座って待っていると、そのオバアサンが視力検査をやっている。「右! 左! いやあ、上だ! え ? 次? そりゃあ、右だ!」と大声でどなっている。そのうち、「わかんない。わかんない。メチャクチャだあ!」なんて叫んでいる。耳が遠いと、声も大きくなるものだ。吹き出しそうになる。

 ぼくの方は、今回も眼圧は正常。先生は、無口で、「いいよ。じゃまた目薬つけてね。」でオシマイ。50分も待ったんだから。もう一言欲しいと思うのだが、考えてみると、これ以上何を言ってもらいたいというのか。何もない。今更、今度もいいねえ、よく目薬つけてますね、エライ! なんてほめてもらってもはじまらない。

 処方箋を持って、近くの薬局に行く。長椅子に座って待っていると、さっきのオバアサンが杖をつきつき、ジグザグに歩いて入ってきた。処方箋を渡すと、すぐに千円札と五千円札をヒラヒラさせて渡そうとする。「あ、これは後でお薬お渡しするときにいただきますから、そこに座って待っていてくださいね。」と言われ、「ああ、そうなの?」と大声で言ってから、ぼくの左隣に座った。

 1分ほどして、オバアサンは名前も呼ばれないのに、ヨイショッと立ち上がって、ぼくの右隣にあるドリンク剤の入ったケースを開けた。中には、リポビタンDやら、ファイバーミニやらが入っている。何を飲むのかなあと思っていると、リポビタンDを一本取り出し右手に持って、その手を薬局の人に向かって高く差し上げた。「これ、飲むからね。」という意味なのだろうが、それが、リポビタンDのCMのポーズに見えた。

 オバアサンは、再びぼくの隣に座ると、リポビタンDのフタをウンウンうなって開け始めた。なかなか開かない。思わず、開けましょうか? と聞きそうになったとき、プシュっと開いた。すごい力が出るもんだ。オバアサンは、それをグイグイ豪快に飲む。うまそうにプハーと一息するたびに、懐かしいリポビタンDの匂いがぼくの鼻をついた。

 びっくりした。リポビタンDみたいなものは、若者が飲むものだとばかり思っていた。少なくともオバアサンが飲むとは思ってもみなかった。そもそもぼくは、こういった類の飲料を飲む習慣がない。よく疲れたときに飲むという人がいるが、ぼくは疲れるほど仕事はしないし、こんなものを飲んでまで、無理して仕事をしたこともない。こんなものに頼っていると、いくらお金があっても足りないではないか、と思ってしまうので、風邪を引くと、何千円もするユンケルを飲むなんていう人には不思議さしか感じない。

 でも、このオバアサン、ちょっとカッコイイ。見習いたい。


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