62 輪郭クッキリ

2012.3.24


 新型iPadが来てから10日近くたつ。前々回のエッセイで、「この新型iPadの神髄を実感するには、アプリの対応を待つ必要があって、もう少し後のことになりそうだ。」と書いたが、これは、今まで使っていた電子書籍のビューワーの「good reader」というアプリ(アプリケーション)が、まだ新型iPadの最大のウリである新しいディスプレイに対応していなかったからである。

 と書いても、何のことやらチンプンカンプンという方も多かろうと思うので、もう少し詳しく説明すると、ぼくがここで言っている「電子書籍」というのは、いわゆるネットで購入する「電子書籍」のことではなくて、前々から書いているとおり、ぼくが自分の本を電子書籍にした(いわゆる自炊)本のことであり、これは、紙の本をスキャナーで読みとり、それをPDFファイルにしたものである。(これも難しいなあ……)

 PDFというのは、portable document format の頭文字をとったもので、アメリカのアドビという会社が開発した、いろいろなコンピュータで読み書きできる文書の形式のことである。たとえば、本の1ページを、このPDFファイルにすると、このファイルを読み出すことのできるアプリがあれば、パソコンだろうが、iPadであろうが、iPhoneであろうが、どんな機械でも読むことができるというわけである。(分かったかしら……)

 で、iPadで、PDFファイル化した本を読むためには、読むためにアプリが必要となる。このアプリにはいろいろなものがあって、タダのものもあれば、有料のもの(といっても500円以下が普通)がある。「good reader」というのは、アメリカで作られたアプリだが、450円ほどなのに、かなり高機能で使いやすいので初代iPadで愛用してきたわけである。ただ、アメリカで作られただけあって、本のページが、見開2ページで表示すると、左右が逆になってしまう。つまり、右開き専用になっているのである。

 この「good reader」が、新型iPadが発売された時点では、新しいディスプレイ(Retinaディスプレイとアップルでは命名している。Retinaとは網膜のこと。)に対応していないので、せっかく今までの4倍の解像度になったのに、今までと同じような解像度でしか見られないということなのだ。で、買ったばかりのぼくは、「この新型iPadの神髄を実感するには、アプリの対応を待つ必要があって、もう少し後のことになりそうだ。」と書いたわけである。

 しかし、昨日、アップグレードがあって、最新版が出て、「good reader」もRetinaディスプレイに対応した。たった1週間ほどだが、それでも対応は遅いというべきだったかもしれない。この世界はスピードが命なのだ。しかし、とにかく、アップグレードした「good reader」で、以前ぼくが「自炊」した電子書籍を読んでみると、これが見事な激変ぶりで、今まで文字の輪郭が何となくぼやけていたのが、実にクッキリと見える。感動してしまった。

 で、さっそくぼくはその感動を家内と分かち合うべく、初代iPadと、新型iPadに、「good reader」で同じ電子書籍のページを表示させて見せた。今風に言うと「ドヤ顔」して、見せたわけだ。すると家内は両方を見比べて首をかしげている。どっちが新型なのか分からないというのである。ちょっとたってから、こっち? と言って指さしたのは、何と旧型の方だった。これには少なからずショックを受けた。

 ね、こっちが新型。この文字と、この文字の、輪郭を見ると、こっちの方がずっとクッキリしてるでしょ? と懇切丁寧に説明すると、「そう言われればそんな気もする。」なんて言うから、そんな気もするといったレベルじゃないでしょ? 全然違うじゃないか! と語気を荒げると、「だって、読めればいいじゃない。別に、輪郭なんて気にならないわよ。」と言い放つ。

 ああ、そういうことなのね。ぼくが2年間もの間、iPad2も買わずにただひたすらこの新型iPadを待ち続けたのは、この「輪郭クッキリ」のためだったというのに、この人は、そういうことはどうでもいいとおっしゃる。そうか、そうなのか。世の中というのは、そういうもんなんだと、今更ながら確認した。つまり、人によって、大事なものはまったく違うということ。それが世の中の真実なのだ。

 ぼくは、iPadに表示される文字の「輪郭クッキリ」を求め、ぼやけた輪郭には我慢がならない。しかし、ぼくが何の気なしに着た上着とズボン(パンツって今は言うらしいが、どうもこの言葉使いにくい)の色の組み合わせがおかしいと家内は言い、着替えたほうがいいと言う。どこがおかしいのか、言われてもあんまりよく分からないが、家内には許せないのだ。ほんとに、世の中って、人間って、不思議で、面白い。

 ところで、今困っていることがある。新型iPadのRetinaディスプレイに慣れてしまった目には、今使っているデスクトップパソコン(iMac 27inch)のディスプレイが、今まではずっと文字もクッキリで素晴らしいと思っていたのに、「輪郭ボンヤリ」に見えてしまうということだ。この大画面のディスプレイも、Retinaディスプレイになる日が来ないかなあと待ち続ける日々になってしまいそうだ。ああ、「輪郭なんてどうでもいい」家内がうらやましい。


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