57 桃の花は何色?

2012.2.25


 老子の「小国寡民」を読んだ後、漢文の授業で、その世界を詩的なイメージで見事に描いた陶淵明の「桃花源記」を読み始めた。

 ある漁師が川で漁をしながら川をさかのぼっていくうちに、どこまで来たのか分からなくなってしまった。そのうち、突然、桃の林が現れた。その林は、川の両岸数百メートルにも及び、延々と上流にむかって続いている。桃の花はもちろん満開。緑したたる下草の上に、桃の花びらがはらはらと散り敷いている。信じられないほど美しい景色である。

 と、ここで、生徒に質問してみる。

 桃の花って知ってるかい? 何色? 生徒は、困惑顔である。桃、桜、梅と黒板に書いて、これらの区別はできるよね、と聞いても、桜と梅は分かるけどなあなんて言っている。じゃ、とにかく、桃の花の色は? と聞くと、白、とか、うすいピンクとか、ぼそぼそ言ってるだけではっきりしない。何だよ、桃の花の色も知らないのか? 「ももいろクローバーZ」なんて言ってキャーキャー騒いでたって、それじゃイメージわかないじゃないか、と言ったら、え? なんで「ももクロ」知ってるんですか? って目を丸くしてびっくりしているヤツがいるので、知ってたっていいじゃないか、というと、え、まあ、かまいませんっていうか、むしろ嬉しいっていうか、なんて言ってる。

 とにかく、桃は桃色、つまりピンクだよ。しかもかなり濃い目のね。もちろん、白い花の品種もあるだろうけど、基本はピンクだ。よく覚えておきなさい。確かに桜や梅と違って、あんまり町では桃を見かけないけど、今ならおひな様も近いことだし、花屋に行けばたいてい売っているから見ておくがよい。だいたい、桃の花が濃いピンク色だということを知らなかったら、この満開の桃林の美しさがまったく分からないことになるじゃないか。

 ついでに言うと、桃は、中国ではものすごい昔から、とても大切にされてきた植物だ。桃に生命の根源を見ていたという説もある。日本では、奈良時代は、中国から入ってきた梅が大人気で愛されていたが、平安時代になるとガゼン桜が愛されるようになって今に至っているのであるが、たしかに桃はそうでもないね。ちと調べたところによると、何とあの源氏物語はあんなに長い物語なのに、一度も桃が登場しないのだそうだ。枕草子にはちょっと出てくるらしいが、自分の好きな木の花を並べた「木の花は」の段には出てこない。(ちなみに、この段に出てくるのは「梅」「桜」「藤」「橘」「梨」「桐」「楝(おうち・栴檀のことだという)」である。)今、君たちが、桃の花をよく知らないことと考え合わせると誠に興味深いことではある。

 ところで、それほど日本では人気のない桃なのに、「桃太郎」がなぜ生まれたか。今、急に不思議になってきた。桃太郎に関してはいろいろな説があるらしいが、それはさておき、あれはやっぱり「桃太郎」じゃなきゃダメだね。「蜜柑太郎」じゃ弱そうだし、「栗太郎」じゃちびっ子みたいだし、「柿太郎」じゃ渋すぎる。「梨太郎」じゃイケメンの爽やか系って感じで、強そうじゃない。といって「梅太郎」では、江戸っ子の遊び人みたいだし、「イチジク太郎」じゃ、年中下痢してそうだしなあ……などと口に出したのは、途中までだが、後は、やれ「パイナップル太郎」だの「バナナ太郎」だの「ドリアン太郎」(お、これは強そう)だの、頭の中にバカバカしい太郎が列をなして現れたが、あわてて本題(?)に戻った。

 芥川龍之介が「桃太郎」という小説で、桃太郎を略奪者として描いたが、確かに、戦争中なら「鬼ヶ島」は憎き敵地ということになるよね。鬼が悪いことしたっていって、鬼退治をするわけだど、それはあくまで「桃太郎」側の言い分で、鬼の言い分もあるもんね。

 そういえば、最近、「魚は痛みを感じるか」という本が出て、気になって買って読んでるんだけど、どうも痛みを感じるらしいよ。「魚の福祉」って言葉も出てきた。むずかしい時代になってきたねえ。

なんて言っているうちに、終業のチャイムが鳴った。「桃源郷」は遠い。


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