28 漢字練習帳

2011.9.2


 空海の『灌頂歴名』を臨書していることは前に書いた通りだが、まだ最後までいかない。とにかくそこに書かれている字を、大きいのであれ、小さいのであれ、原則として4文字ずつを半紙にまずは書くということが課題である。最初から原寸大の大きさで書くと、字が小さいので誤魔化して書いてしまうおそれがある。まずは大きく書いて、一字一字の形をしっかりと把握せよというのが先生の指令だ。

 それにしても、わかりにくい字がある。5ミリ四方ぐらいの字もあって、それが草書で書かれていたりする。それが何という字かは解説があるから分かるのだが、どういうふうに書かれているのかが分からない。それで、「これは、いったいどういう風に書くんですか?」と先生に質問すると、「あ、これはこう書くんです。」とすらすらと草書体を書いてくれる。例えば「尊」という字の草書はこう書くのだということがちゃんと頭に入っているのである。

 ぼくなどは、草書で書かれていると、まず読めない。まして、そらで書くなんて考えられないことである。う〜ん、すごいなあと感心しながらも、どうすればあんなふうになれるのだろうかと考えた。「あんなふう」にはなれっこないが、少しでも近づくにはどうすればいいのか、と考えて、やっぱりこれは勉強しかないだろうというところに落ち着いた。

 草書の勉強をしたいと思ったことがあったのか、本棚には『草書の覚えかた』という本がある。その本をあらためて開いて、まず「この本の用い方」というところを読んでみた。「一、本書は草書を書いて見て覚えることを目的として編んだ。」とある。それならおあつらえ向きじゃないか。更に「三、第一章から九章までは十二マス七行のノートを用意し、左の図ように鉛筆(BまたはHB)で一字を二回書いて、まず基本をしっかり理解する。その後に時折見て復習するようにする。」とあって、ノートに実際書いてある図が載っている。こういう具体的な指示があると、勉強意欲は増すものだ。

 それにしても「十二マス七行のノート」なんてどこにあるんだろうかと思いつつ、その図をよく見ると、「(  )がつ(  )にち(  )ようび」というのがマスの上に印刷してある。これはひょっとして、小学生用の漢字練習帳かもしれないと思って、イトーヨーカ堂の文具売り場に行ったら、何種類もの漢字練習帳がある。ジャポニカ学習帳と、ドラえもんの絵が描かれているものの二種類があって、それぞれにいろいろなマスの大きさのものが用意されている。「十二マス七行」のものもあった。ジャポニカ学習帳は、「84字(十字リーダー入り)」となっている。つまり一マスの中に十字に薄い線(リーダー)が入っていて、漢字の中心が分かりやすくなっているわけである。この歳になって、こんなノートを買うなんて夢にも思ったことはなかったが、意気込んで3冊買った。こんな薄くて、しかも1ページに84字しか書けないノートなんか3日もすればいっぱいになるだろうと思ったからだ。

 それで、「用い方」に従って練習を始めた。最初のうちはよかった。ところが、次第に難しくなってきた。似たような形が続出し、区別がつかない。鉛筆でつい力を入れて書いてしまうので、指が痛くなる。肩も凝る。その上根気がないから、ノートを1ページも書くと嫌になってしまう。そんなわけで、1ヶ月たっても、まだ1冊目のノートの半分にもいっていない。本でいえば、まだ第3章を終わったところだ。

 けれども、久しぶりに、なんか「勉強しているなあ」という感じがしてちょっとした快感もある。それに、何よりも、ほんの少しだけれども、草書の構造みたいなものが分かりかけてきたような気がする。草書って、勝手にグチャグチャ崩しているみたいに思っていたが、そんなことはなかった。文字だから当然のことなのだが(勝手に崩したら、みんなが読めるはずがない。)、そんな簡単なことも、実際に学んでみないとしみじみとは分からないのだと知った。

 先日、孫が遊びに来たとき、小学3年生の子に、「ほら、おじいちゃんも、こんなノートで勉強しているんだよ。」と言って見せたら、「ふ〜ん」と言って困ったような顔をした。何をどう言えば分からなかったのだろう。ぼくも何をどう言ってもらいたかったのか分からない。


Home | Index | Back | Next