12 無冷房教室物語

2011.6.30


 思いもかけない電力不足で、節電の夏となったが、ホントにそんなに電力が足りないのか? という一抹の不信感も抱きつつ、それでもまあ、真夏の大停電などというとんでもない事態には恐怖すら感じるから、家でもなるべく節電を心がけている次第だが、勤務校のわが栄光学園は、節電しろなどとお上から言われるずっとずっと以前から節電など当たり前とばかり、首都圏の私立学校としてはほとんど唯一の「無冷房教室」をそなえた画期的・先進的な学校であり、他の私立学校の先生は、そして最近では公立学校の先生すらも、ほんとに教室に冷房が入っていないんですかあ、と目をむいて驚いたりするが、どんなに好奇の目で見られようとも、入っていないものは入っていないのであって、ぼくはもう数十年にわたって「教室に冷房を!」と叫びつづけてきたにもかかわらず、ことここに至ってすっかり「反省・改心」してしまい、イヤ、さすが栄光学園、先見の明がありますな、恐れ入りました、これからは冷房入れろなどとは金輪際口にしませんとつい先日言ったような気がするが、6月だというのに、一昨日は32度とも33度ともいわれる暑さの中での「無冷房教室」での授業にはさすがにまいってしまい、またぞろ、「冷房を入れろ」と叫びたい心境である。けれども、もう専任の教諭ですらなくなり、特任という変な枕詞のついた「非常勤講師」の身となった今では、わざわざ出る義務のない職員会議にノコノコ出かけていって、そんなことを叫ぶ気力も体力もない。

 そんなわけで、ああ、暑い、オレに死ねというのかなどと誰に向かってともなく悪態をつきながら「無冷房教室」に赴けば、暑いよ、暑いよとまるで炎熱地獄にいる餓鬼のような高校生どもが、何人も上半身裸で坐っている。何やってんだ、おまえたち、恐れ多くもカシコクも先生の御前である、頭が高い、いや違った、裸身が醜い、さっさとそのキタナイ肌をかくしやがれ、ささ、早く早く、といえども、ナニいいじゃないですか、我らは体育の後じゃとて、とても耐えられませぬ、と言い、その汗吹き出づる肌を隠そうともしない。ふざけるな、脱ぎたいのはワレのほうじゃ、ヤンゴトナキ教師たるワレが我慢しているに、何でシモジモのそちたちが我慢できぬのじゃ、ささ、早く着さっしゃい、などという一幕があって、生徒もようやく諦めて衣服をまとい、「無冷房教室」での授業が始まる。

 その授業ときたら、このクソ暑いのに、よりによって、シチメンドクサイ源氏物語だ。ヒマな貴族どものああでもないこうでもないというメンドクサイ人間関係やら心の動きやらに、敬語やら、重要古文単語やら、文法やらの説明をめんどくさくカラメ、チリバメた授業を、それこそ汗みどろで青息吐息、黒板にセミがしがみつくような格好をして、これはこうで、あれはああでと声を限りに、ほとんど酸欠状態で説明しながら生徒諸君をふと見れば、ああ、何というケナゲさであろうか、まるで戦時下の生徒のように、忍びガタキを忍び耐えガタキを耐えて、懸命にノートなどとっているではないか。

 ぼくは思わず板書の手を休め、キミタチはほんとにエライというか、どうかしてるというか、なんでこんなに暑い中で勉強なんかしていられるんだろうねえ、どうして、ええい、もうこんな暑い教室なんかイヤだ、こんなメンドクサイ源氏なんかイヤだといって、教室から出て行ってしまわないんだえ? オレはこれでも仕事でやっているんだから、ここで倒れたって、それはそれで「キョウダンに倒れる」って言葉もあるくらいでアキラメもつくし覚悟もしているけどねえ、なんて無駄口をついたたいてしまう。

 そんな無駄口をたたけばたたくほど、かえって、くたびれるばかりで、ほんとうにこのまま、桐壺の更衣のようにストレスの蓄積のあまりこの「無冷房教室のキョウダン」で死んでしまうのではないかしらと思っているうちに、救いのチャイムだ。ヤレヤレと、ふらつく足で、「有冷房職員室」にたどり着き、やっと人心地ついたとたんに、また地獄へ誘うかのような始業ベル。三橋美智也なら、「旅をせかあ〜せ〜る〜う、ベル〜の〜お〜お〜と〜」と歌うところだ。

 どうぞご無事で戻ってきてくださいと言いなさい、「おひさま」みたいにさ、なんて若い教師に言いながら職員室を出る。もちろん、若い教師は、「おひさま」なんて見ていないから、バカなオヤジがまた変なこと言ってるという顔をしてぼくの哀愁漂う後ろ姿を見送るか、さもなくば、無視するのだろうが、いちいち振り返って確かめないからよく分からない。

 

 

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