81 別役実への感謝

2007.3


 先週の能に引き続いて、今度は別役実の新作戯曲『やってきたゴドー』を俳優座劇場で見た。このところ芝居づいている。鳥の撮影に夢中になると、しばらくはそればっかりということになるが、しばしの熱狂が醒めると、さっさと別のジャンルに気持ちが移ってしまう。これはもう幼少のミギリからのことであるから、自分でもどうしようもない。一時はこうした移り気を何とかして矯正して「この道一筋」の真人間になろうと努力したが、それも無駄だとずいぶん前に諦めた。

 それはそうと別役実である。この人の芝居をプロの劇団が演ずるのを観たのはほんとうに久しぶりである。(演劇部ではぼくが何度となく演出し、中高校生の演ずる芝居は何十回と観てきた。)芝居のパンフレットを見ると、別役実氏は、わたしも今年で70歳であり年をとったという感じは否めない、気を奮い立たせても空回りしかねない、とか言った後で「最後にもうひとつ、馬鹿な話として聞き流していただきたいが、今回発表する『やってきたゴドー』で私の作品本数は百二十九本であり、前述した南北の百三十七本という日本記録を、なんとかして突破したいと、ひそかにねらっている。」と書いている。

 思えばぼくのこの「100のエッセイ」シリーズを始めたのは、別役実がとうとう100本の芝居を書いたというニュースに触発されてのことだった。そうだ、ぼくがこのエッセイを書き始めたのが1998年の3月だから、来年の3月まで続けば10年になるということだ。移り気なぼくにしては、信じられない「快挙」となるはずだ。第1期の100編を書き終わった頃は、つい調子に乗って、いっそ「1000のエッセイ」を目指すなどと冗談半分に言っていたが、もうじき500編達成という近ごろでは、それもあながち夢ではないと思えてくる。

 そんなことを思っているときに、またまた70歳の別役氏が「鶴屋南北の記録を破りたい」などとひそかに考えていると聞いては、それじゃあオレもと勢い込むことにもなろうというものだ。もちろん、戯曲とエッセイでは比較することもできない労力の差があるが。

 芝居がはねた後、偶然に、別役実の奥方であり、常にその芝居に出演して来られた女優の楠侑子さんとすれ違い、挨拶できたのは嬉しかった。思わず「おもしろかったですよ。ありがとうございました。」と言ったが、それは、ぼくをいつも触発し続けてくれる別役氏への言葉でもあった。


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