お茶農家の私にとって無農薬・有機栽培茶とは

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私たちは農薬不使用の有機栽培茶を生産しています。

 この地が、水源であること。
害虫が大発生しにくい地域であること。
虫や病気と折り合いをつける栽培方法がみえてきたこと。

 こうした、この地域の特性を生かして、栽培しています。
そして、年を追うごとに、この地域全体に広がりつつあります。

昔の無農薬とか有機のお茶は。。。私の好みではなかった!

 東京のとあるお茶屋さんから聞いた話です。1990年代初めの頃、有機のブームが起こりました。その時に、無農薬のお茶やら有機のお茶やらが、たくさん出回ったのです。興味のある人は一度は買ったようです。でも次は買わなかった。それ以来無農薬とか有機とか、昔を知る人には不評だそうです。

 お茶の専門家はこういうそうです。「ひなたくさいお茶」。私も時々勉強のためにお茶を飲ませていただきますが、残念なことに10年以上たった今も、そんなお茶が多くてがっかりしています。

 恥ずかしながら、私もはじめの3年はだめでした。素人の思い込みでやってたのが最大の原因です。出来たお茶はまずくはないのですが、味が全くなく、香りもなく、酸っぱい味。とても人前に出せるものではありませんでした。

 「目標」があっても、「実力」がないままでは、「背伸び」に過ぎず、どこかに「ひずみ」がきます。私は「有機」とか「無農薬」とかに期待する人たちの善意や、現在は発展途上で未来にはよくなるだろうから今は「投資」と支援している人たちの思いに、全て寄りかかってしまうのは申し訳なく思いました。

 「実力」のないうちは、無理は誰かにひずみがいく。「実力」をつけなければが目標でした。

親父のつくっていたお茶

 ここで、私の親父の紹介します。実は、既に年4回というレベルまで、削減に成功していました。

 親父は、中学の頃からお茶を揉んでました。昔は「農休み」という制度があって、一ヶ月くらい家の仕事を手伝う期間があったそうです。おかげで休んでいるうちに進んでしまった授業が分からず、勉強を追いつくのに苦労したとか。

 長男ということで卵を一個独占して食べていたということを、親父の弟妹のおじおばは折に触れていいます。その代わり親父は在学中も働いていたのでしょう。そして、高校卒業後すぐに家を継ぎました。

 もとより器用なので、機械で、「針のような」お茶を揉みあげます。また、新しいモノに挑戦するタイプで、品種を導入したり、茶園の基盤整備を次々に行ってきたので、私の茶園は山間地ながら比較的作業がしやすい茶園になっています。

 親父は当時、農薬は最小限にとどめ、気象条件によって被害が多そうな年でも年4回しか使いませんでした。適切な時期に、タイミングよく行うこと。

 大変なのは草取り(って今もそうですが)、手で取るために特に苗畑などは、たくさんの時間を使って行ってきました。作業の約半分の時間が草取りです。

 このように大事に育てられたお茶に、匹敵するかそれを超えるお茶を実際に作ること。その「実績」が唯一の親父を納得させ、近所の人たちも一緒に巻き込むこめる方法でした。

無農薬とは、こういうこと

 ここで私たちの無農薬の説明をします。無農薬とは農薬類を一切使わないで育てたことです。有機農産物でも法律で認められている農薬もありますが、使用しません。民間技術として木酢液やとうがらしの抽出液などの農薬ではないものもございますが、これら一切使いません。

 農薬を使わないのではなく、使わなくてもいいように、人の手を加えます。

 ですから「放任」とは違います。技術が必要です。具体的には、虫や病気が増える時期をずらして、大事な葉を育てるために、適切な時期に葉を刈り込むことがポイントです。

 これが分かるまで、県内の先輩の技術を真似ながら、試行錯誤しました。お茶つくりは年一回しか実験できませんから、失敗してお茶が採れないこともありました。

 その後、親父や仲間の経験と知恵を総動員して、やっとのこと、以前のお茶と遜色ないお茶ができるようになりました。

 
残留農薬って

 さて、こんなこと書くのもなんですが、私は「残留農薬」はそれほど気にすることはないと思っています。なにしろ静岡県では、食べても大丈夫という、お茶の中で一番厳しい基準にしています。

 確かに、中国産やほんの一部の不心得者が、守っていない現実はあります。しかし現在の大部分の農産物は、残留しないような高価な農薬を使用したり、散布時期を守っていますから、普通の人が普通に食べていれば、影響が出ることはないです。

 私が思うには、「残留農薬」という言葉が必要以上に言われているのは2つの理由だと思います。一つは過去には毒性の強い農薬でしかも実際に残留があったこと。

 二つ目は「農薬」の問題を、消費者自身に意識してもらうための作戦として。自分の健康に影響があると思うと、問題を意識します。この意識が大事だったです。というのは消費者の人が意識しますと、生産者は農薬を気をつけて出来るだけ少なく使おうとします。農薬メーカーも、出来る限り安全な農薬の開発をめざします。良い循環が生まれるのです。

 農薬を使用しないメリットは、もし化学物質をばらまけば分解するのに余分なエネルギーを必要としますから、その分「環境」に対する「負荷」を減らせます。また、私たち農家も、夏の暑い時期に宇宙服みたいな格好をして汗だくで畑をまわった上に、唯一の楽しみのビールも飲めない状況に比べ、ずいぶん体が楽です。

 場所によっては、茶園の中に家があることがあります。農薬散布後の空気中の農薬濃度が、何週間も変わらないという観測結果もあります。そうすると、農薬をマスクして散布した直後と同じ濃度の空気を吸いながら、暮らすことになります。

 もちろん農薬も進歩していまして、ある特定の虫や病気だけに効いて他に害がないもの(選択性農薬)も開発されてきてますし、その割合も年々増えています。しかしまだそれだけで済むものではなく、非選択性の農薬も組み合わせて使うことも多いのです。

 こうした、環境負荷といった、みなさんには直接的には関係しないことに、少々思いをはせていただけるとありがたいです。

無農薬のデメリット

 2004年4月から、法律が施行されます。「無農薬」という名称は、使ってはいけないそうです。「農薬などを使用していません」という説明ならいいようですが、みなさんはどう思われますか。

 有機農業は、土や環境を健全に保つことによって、虫や病気にかかりにくい作物を育てることが基本です。農薬を使えば、人間のために100%せしめることができます。

 特に収穫する葉と来年のために大事な葉が生育するときには、虫や病気を避けるように、作物の一番都合がいいときではなく、虫や病気との兼ね合いでハサミで刈り込んでいます。だから、その分、本来なら作物にプラスになる分が少なくなります。これが無農薬のデメリットです。

 一粒は空を飛ぶ鳥のために
 一粒は地の中の虫のために
 残り一粒を人間のために

 「天」と「地」の間の「人」。これが「人」の立ち位置なのかなと思っています。

永遠の未完成

 私たちの有機農業は、まだまだ発展途上にあります。これからも、一歩一歩着実に積み上げていきます。

 「永遠の未完成 これ完成なり」。これは宮沢賢治の「農民芸術概論」の一説です。

 まだまだスタートラインについたばかりで、やるべきことが山積みの私たちですが、みなさんの応援に支えられています。今後ともよろしくお願いいたします。

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