鈴木猛史のコラム

茶業界の構造改革を その1

 日本茶業界は構造的に問題があるのだと思う。

 例えばお米の場合、減反させているから、少ない面積でなるべくたくさん収穫しようとする。結果として窒素が多すぎて病気は増えるしまずくなる。多くなるからまた減反する。こういう悪循環が起きる構造がある。

 茶業界もそう。収入=茶価×収量だから、良質の少ないより、ある程度安くても量を獲った方が収入が上がるという訳で、圧倒的に量本位になる。

 さらに、初物好きの日本人のために、「はしり」だなんだと、旬がくる前のまずくて高いだけのお茶を供給するから、お茶ってこんなものになるし、それでも比較的高く買ってぎりぎりで売っているから、その後のお茶を安く買って利益を出そうとする。

 緑茶週間が5月の連休であるし、しかも八十八夜に飲まなければならないという風にしてしまった。実際昔から言われたのは、八十八夜に摘んだお茶が一番おいしいということだったのに。

 さらに悪いのが、あまりにも画一的な基準である。やぶきたと違うとか、揉み方が悪いとか、なにしろ誉められたことがない。それに対応しようと勉強して欠点を無くしていった結果が、みな同じようなお茶になってしまったのである。茶商は自らの責任は放棄している。

 構造的に問題があるなら、壊すしかない。替わりのシステムは創造しつつあるのだから。

前へ  次へ  コラムTOP   HOME
 幸い自分のところは、茶商と共同開発して、ある意味育ててもらっている部分と、自活している部分があるので、かなりラッキーだと思う。



 量をとって味を誤魔化すために深蒸しにする場合もある。

 もちろん「はしり」でもおいしいお茶はある。







 みんな努力していいお茶をつくった結果が、似たようなお茶が増えた一因でもある。
前へ

次へ

コラムTOP

HOME

Copyright (c) 2003. suzuki takeshi.(take-cha@venus.dti.ne.jp)All right reserved