第3話 「激写!」

 昼食を終えたラケシスとフィンはミレトスでも一番のデートスポット、エムブレムワールドにやってきた。様々なアトラクションが楽しめる遊園地である。
「さてと…まずはあれに乗るわよ」
 ラケシスが指差したのは世界最高速で失神者続出と評判のジェットコースターだった。フィンの目が怯んだのを見て、満足そうな表情を浮かべる。
「本当に乗るんですか?」
「あ…当たり前よ…ここに来てあれに乗らなきゃ意味ないでしょ!」
口ではそう言いながら、降りてきた人達の焦燥しきった様子にさすがに瞳が翳る。フィンがもう一度弱音を吐いたら恩を売りつつ止めようと思っていたのに、もう諦めたのかラケシスの指示を待っている。内心舌打ちしながら、ラケシスはフィンの腕を引っ張った。
「さ、行くわよ!」

 十分後…。
 ベンチにはぐったりしたラケシスの姿があった。
(あ〜、やっぱり止めておけばよかった…。世間の流行についていけないなんて…)
後悔しても後の祭りである。腰が立たずにフィンに抱えられて降りるという無様な姿をさらしてしまい、逆を想像していただけにどうにも気まずい。だが、ウイッグは押さえ続けられたようだ。否、手を動かせないほど怖かったという方が正しいのかもしれない。
「ラケシスさん、お待たせしました」
 いつの間にかアイスティーと濡らしたハンカチを持ってフィンが立っていた。
「え?…あ…ありがとう…」
側にいなかったことに今まで気付いていなかったため、今一つ状況が掴めないラケシスであったが、身体はすぐに反応してその手にあったものを受け取った。
「あ〜すっきりしたわ♪」
「それはよかったです」
 返答したフィンの笑顔。ラケシスは呆然とそれを見つめるしかなかった。そして、初めて見たことに気付いた。
(こんな顔もするんだ…。どうせなら楽しまないとね)
今までの態度をほんの少々反省したラケシスは、跳ねるように立ち上がるとフィンの顔を覗き込んだ。
「ねえ、次はどれにする?」
「わっ…。えっ…もう大丈夫なんですか?」
 ラケシスの顔が近くに来てフィンはあたふたしている。
「だって、次いつ来れるかわからないのよ。乗れるだけ乗らなきゃ。パスポートの元も取れないわ」
「…そう…ですね」
笑いをこらえて頷くフィン。ラケシスの目がつり上がりそうになるのを察して慌てて答える。
「次はあれにしません?」
 フィンが指を差したのはエムブレムワールドの誇るもう一つの悪評高いミステリーワールド『ロプトの館』だった。
「えっ…」
ラケシスの顔色が真っ青になった。噂だけはたっぷり聞いていたからだ。番組のロケでそこに入ったアイドル達は男女問わずことごとく号泣し、そして…。
「冗談ですよ」
 フィンはそれは楽しそうに微笑み、腕をさらに右に動かす。大観覧車がのんびりと回転していた。
「もう!フィンの馬鹿!」
ほっとしたせいか、ラケシスは無意識にフィンを名で呼んだ。咄嗟にフィンの顔色を窺うが、彼は気にしていないらしい。妙なことにこだわる自分を振り切ろうと、フィンの腕を掴んで、歩き出した。

 大観覧車から海を眺め、すっかり和んだフィンとラケシスは芝居だということも忘れ、和気あいあいといろいろなアトラクションを楽しんだ。合間にソフトクリームなどを食べたりするその姿は、初々しくもあり、ずいぶん前から恋人であるかのようでもある。
「あ〜楽しかった♪」
「そうですね。初めて来ましたが、こんなに楽しい場所だとは思いませんでした」
 海が一望できる丘の上で、フィンとラケシスは灯りがともり始めた都心の夕景を眺めていた。アトラクションの感想を息吐く暇もないほど語るラケシス。フィンは聞く一方だったが、笑顔を浮かべていた。
「…でね…あれ?何か忘れてない?…あ!写真だわ。もう撮られたのかしら?」
「いいえ。まだですよ」
「どうしてわかるの?」
 ラケシスは訝しげな表情でフィンを見つめた。
「その髪では気付かないんじゃないでしょうか」
「あ!!すっかり忘れてたわ」
そう言いながらウイッグを外す。つややかな金髪が流れ落ちた。そして照れくさそうに微笑んだ。フィンの頬は一瞬で赤らんだ。
「これでいいわね。でも、どこにいるのかしら?」
「カメラ目線で写るのもどうかと…」
「あ…そっか。ふふふ…」
 顔を見合わせて笑う。
「ね、もっと海の側に行ってみない?」
「そうですね」
 フィンは後ろを軽く振り返るとラケシスの後に続いた。

CM(^^;)

 フィンとラケシスがいた場所から少し離れた木の陰に身を隠す一人の男がいた。ターゲットが移動するのに合わせて一歩踏み出そうとした瞬間、その一人がこちらの方に振り向き軽く笑みを漏らした。予想もつかない行動に心臓が激しく脈打つ。必死に抑えようと深呼吸を繰り返すが、なかなか落ち着かない。
「な…何だったんだ?まさか、尾行に気が付いたのか?…いや…そんなことはない…あるはずがない…」
 気配を消すことに絶対的な自信を持つこの男はあくまで偶然だと自分に言い聞かせる。
「俺はプロだ…今まで幾つもの修羅場をくぐり抜けてきた…。だから…こんな仕事ごとき…」
自分を励ますように呟くと、ターゲットの後を追って波止場へ向かった。

「今回のターゲットはラケシスだ…まあ、知ってると思うが」
 とあるバーにて渡された写真を見てベオウルフは唇を歪めた。写真の中のラケシスには微かに知人の面影がある。そして何より仕事内容が気に入らない。
「今回はパスだ。撮られることが前提なんだろ?だったら俺が撮る必要もない」
 くだらない芸能スキャンダル写真に手を染めているとはいえ、それでもベオウルフには捨てられないプライドがあった。だからこそとんでもないスクープを撮ることができ、そして依頼が殺到して本来の専門分野に戻れないのだが…。
「気持ちはわかるが、妙な奴に頼むと後々厄介なことになりかねん」
「…ったく…エルトシャンの妹だろうが…何を考えている?キュアン」
 キュアンは不敵な笑みを浮かべて、ベオウルフのグラスに酒を注いだ。
「上手くいけば…エルトシャンを救えるかもしれないんだ。古い付き合いなんだろ?協力してくれ。報酬も弾む。ヴェルダンだろうがシレジアだろうがいくらでも籠れるぞ」
そう言って小切手に数字を書き込んだ。それを見てベオウルフは眉をひそめた。相場の倍はある。
「…お前にもそれ以上の得になるということか」
「さあな。それはもう一人にかかってるが…こいつが結構難敵でな」
 キュアンは苦笑しながら持っていたもう一枚の写真を軽く指で弾くと小切手をベオウルフの前に差し出した。
「結果次第では…わかってるな」
「ああ」
キュアンの瞳に後ろめたさがないのを見てベオウルフは小切手を懐に入れた。
「交渉成立だ。もう仕事なしで飲もうぜ」

 これ以上はないというベストポジションを見つけ、男は命よりも大事なカメラを取り出してファインダーを覗き込んだ。ラケシスの生き生きとした表情が飛び込んできて思わず釘付けになる。…がもう一人のターゲットの顔は全く入らないのだ。男は苛立ちながら何度も場所を移動した。しかし紙一重というところで躱されてしまう。
「くそ…」
 舌打ちしながらシャッターを押し続ける。ファインダーの中のラケシスは今まで見たことのない表情を浮かべている。
(俺には専門外だが…あいつらが見れば悔しがるだろうな…)
知り合いのグラビア専門のカメラマンがラケシスを撮りたがっていたことを思い出し、にやりと口許を緩める。
「…とそんな場合じゃないか」
 目的から離れそうになるのに気付き、慌ててレンズをフィンの方に向ける。そして…再び心臓が飛び上がりそうになった。

「ラケシスさん、あれ…」
「え?」
 フィンの指差す方向を見てラケシスは息を飲んだ。ミレトス大橋のライティングが虹色に変わったのだ。
「うわぁ…綺麗…」
「本当に綺麗ですね…」
二人してしばらく光のイリュージョンを見つめていたが、冷たい風が吹き抜け我に返る。
「ラケシスさん、そろそろ戻りましょうか」
「ええ。少し冷えてきたわね。でも…」
「もう終わったみたいですから」
「え?本当に?」
 ラケシスは不思議そうにフィンの顔を見た。しかし、彼を見ていると本当にそうなんだと思えてくる。それが何故なのかわからず、ラケシスはますます混乱する。
「人中を歩きますから着けていただいた方がよろしいですね」
とラケシスの混乱をよそにフィンは手にしていた亜麻色のウイッグを差し出した。
「そっ…そうね…」
 慌ててウイッグに金髪を押し込んだラケシスはにっこり微笑んでフィンに腕を絡ませた。
「ラ…ラケシスさん」
真っ赤になったフィンを引きずって夜の町へと消えていった。

 食事を済ませ、自宅に帰って来たラケシスは呆然と窓から夜景を眺めていた。都心の一等地にあるラケシスのマンションから見える夜景はいつもとは異なり色褪せて見えた。
「とにかく…これで…」
後は言葉にしたくなくてクッションを抱える。
 自分の心に靄がかかったような感じに戸惑う。マンションのエントランスで別れた瞬間に芽生えた感情。
『寂しい…』
 芝居のデートごときではしゃいだせいか、それとも…。

 ラケシスを送った後マンションに戻ったフィンはぐったりと倒れこんだ。緊張が今になってどっと押し寄せてきたのだ。そのまま寝てしまいそうになったが、がばっと飛び起きた。
「メールチェックしないと…うわっ。多い…」
 …フィンの一日はやはりまだ終わらない。

To be continued...

第4話予告

 ラケシスを溺愛する兄エルトシャン。彼の目の前に差し出された雑誌には…。第4話「スキャンダル!」(仮)お楽しみに!

戻る 本箱へ 次へ