第4話 「スキャンダル!」

 このところエルトシャンは苛立ちを持て余していた。妹ラケシスのマネージメントから外されたことが最大の要因である。それも、マネージャーとして新たについたのはエリオットという社長の腰巾着で実力の欠片もない下心だけの男。そんな奴が最愛の妹の側にいることなど考えるだけでもおぞましい。せめて保護者としてラケシスについていてやりたいが、今となればそんなことは許されるはずもなく、その上社長お気に入りの女優のマネージャーを命じられて妹に会うこともままならない。
 だが、不機嫌な理由はそれだけではない。その女優の仕事場は必死に封じていた思いを容赦なくこじ開けようとする。
「ふう…」
「ふふふ…。相変わらずご機嫌斜めなのね。…まあ、今日は仕方ないのかもしれないけど」
「グラーニェか…。どういう意味だ?」 
 グラーニェは艶やかな笑みを浮かべてエルトシャンの隣に腰かけると、顔を覗き込んできた。エルトシャンの方は考えていることを読み取られまいとますます仏頂面になる。
「あら…。まだご存知なかったの?今どこもこの話題で持ち切りなのに」
 エルトシャンの気分などお構いなしに、グラーニェは持っていた雑誌をテーブルの上に広げた。写真週刊誌だった。
「何なんだ?」
 マネージャーという職業をしているのに問題ありだが、エルトシャンはゴシップには全く興味はなかった。しかし、彼女とこれ以上話をする気にもならないので、手に取って読む振りだけしようとした。
「何!!」
 思わず立ち上がり、手から雑誌がこぼれ落ちた。しかし、載っていた写真は目に焼きついている。最愛の妹ラケシスがどこの骨ともわからない男とデートしている。それも近頃はほとんど見せない極上の笑顔で…。
「…ど…どういうことだ…」
「さあ?でも、今日は朝からどの局も大騒ぎよ。あのラケシスさんの初めてのスキャンダルですもの。でも、その記事以上は詳しいことはわかっていないみたいだけど」
 グラーニェは心底愉快そうに微笑みながら例の雑誌を拾い上げるとエルトシャンに手渡した。
「それにしても、ラケシスさんって本当に可愛らしいお方ね。…エルトシャンさんは複雑かしら?ふふふ…」
「グラーニェさん、出番です!」
「は〜い」
「その雑誌差し上げますわ。それから今日は約束がありますから自分で帰りますわ」
呆然としているエルトシャンを後目にグラーニェは呼びに来たスタッフとともにセットの中に入って行った。
(ふふふ…敢えて知らせることもないけれど…ちょっと気の毒だしね。さて、どうあしらうかしら?…もう少し煽っておいてもよかったかも♪)
 一方、取り残されたエルトシャンは我に返ると目を皿のようにして記事を隅から隅まで読み耽った。相手の男の顔は写っていなかったが、レンスターTVのADのFとある。
「レンスターTV…だと?」
 烈火のごとき怒りの炎をその瞳に宿し、雑誌を握りつぶさんばかりに掴んだままでエルトシャンはスタジオを飛び出した。

「ふう〜っ」
 同じ雑誌を眺めながら、溜め息を吐いたのはラケシスだった。
「どうして私の顔しか写ってないのよ。まあ…写りがいいから許すけど」
確かに写真の中の自分はいい顔をしている。唇を尖らせてはいるが、まんざらでもないようだ。
「それにしても…何とかならないかしら」
 家を出る時の騒ぎを思い出してうんざりする。芸能リポーターに囲まれるのは慣れてはいるが、今朝のは尋常ではなかった。次々と向けられるマイクに浴びせられるフラッシュ…。車の中にいたため身に危険が及ぶことはなかったが、それでも恐怖を覚えずにはいられなかった。スタジオに着いた時はそれ以上で、もみくちゃになりながら触りたくもないエリオットの腕を掴んで、やっとのことで楽屋に辿り着いたのだ。しばらくはがくがくと震えていたが、エリオットが調子に乗って世話を焼き出したおかげでいつものラケシスに戻ることができた。
 とんとん…。
「どうぞ」
 エリオットだと思ってノックの音にぞんざいにこたえたラケシスは、ひどく後悔した。
「おはようございます」
「あ…」
 ドアから顔を出したのはスキャンダルの相手であるフィンだった。遊園地でのデート以来気になる存在であったが、ずっとすれ違いが続いていてスタジオで会うこともなかったためなおさら意識してしまう。ラケシスはフォローしようと必死に言葉を考えるが顔が火照ってきてそれどころではない。
「今お時間よろしいですか?」
「え…ええ…。いいわよ」
 フィンがあまり気にしていないのに胸をなで下ろしつつ、そんなことを気にする自分が照れくさくてわざとつっけんどんな口調で話す。
「どうしてあなたの顔が載ってないのよ?」
「すみません…」
 本当に申し訳なさそうなフィンを見て、ラケシスは慌てて、
「そ…そりゃあ、あなたの顔なんて見たってしょうがないものね。私のファンに恨まれても悪いしね」
と全くフォローにもならないことを口走る。もっと他のことをと焦れば焦るほど混乱し、ついつい口を滑らせてしまった。
「それに…このドラマの間だけだもんね」
 言った瞬間に猛烈に後悔したが、もう遅い。
「…そうですね」
わずかにフィンの声のトーンが下がったような気がした。
「あの…」
「しばらくは何かと大変でしょうが、よろしくお願いします」
 深々と頭を下げるとフィンは、
「そろそろ本番ですので…失礼します」
そう言うと、もう一度お辞儀をしてラケシスの楽屋から出て行った。
「あ…」
 呆然とフィンを見送った後、ラケシスは言い様のない寂しさに襲われた。
「どうして…こんなに哀しいの…?」

CM(^^;)

 キュアンは腕組みをして敵の出方を窺っていた。
(あいつめ…余計なことを…)
内心舌打ちをしながら涼しげな顔で親友に話しかけた。
「久しぶりだな、エルトシャン。今日は何の用だ?」
「…しらを切るつもりか?」
 エルトシャンは例の写真週刊誌をサイドテーブルに投げ出した。今にも掴みかかりそうな勢いでキュアンを睨み付ける。キュアンは肩を竦めた。
「心配するな、エルト。これは話題作りってやつだ」
「話題作り…だと?」
「そ…そうだ。俺の初めてのドラマだからさ。念には念を入れておこうと思ってな」
「そんなことのためにラケシスの輝かしい経歴に傷を付けるつもりか?」
 肩を震わせ、拳を握りしめる親友の姿に笑いをこらえながら、口調だけは真面目に、
「お前には悪いと思ったが…。最近トラキアTVに押されていて、うちもヤバいんだ。今のうちに流れを取り戻しておかないと取り返しがつかないことになる。だから…」
「テレビ局の勢力争いなど俺には関係ないが…そんなに悪いのか?」
 それでも親友の危機はやはり気になるらしい。エルトシャンは眉をひそめた。キュアンはしめたとばかりに咳払いを一つして深刻な表情を作り、話を続けた。
「まあな…。今まで気前のよかったスポンサーが急に渋り出したり、出演契約寸前まで漕ぎ着けた大物タレントが向こうの番組に乗り換えたりな…」
「報道畑のお前がドラマに手を出したのもそのせいなのか?」
「ああ。俺なら多少の無理はきくしな。…一応敏腕プロデューサーで通ってるし」
「………。自分で言うか」
「ははは。それはさておき、せっかくラケシスに出てもらう以上、40は狙わないとな」
「当たり前だ。ラケシスを使っておいて低視聴率など断じて許さん!」
「おいおい…。で、今回は話題作りにも趣向を凝らしてみたってとこさ」
「スキャンダルのどこが趣向を凝らしたって言うんだ」
 再び不機嫌な表情を浮かべるエルトシャン。キュアンはやれやれといった風情で、
「まあ見てればわかるって。ちゃんとドラマ本編と繋がってたりするんだ、これが。ラケシスにも二重に恋の演技をしてもらわないといけないし、彼女にとってもいい勉強になると思うが?」
「………。信用してもいいんだな?」
 なおも疑いの目を向けられたが、今度は真剣な表情で親友を見つめた。
「もちろんだ。ラケシスにも…お前にも悪いようにはしない」

 キュアンとの話を終え、廊下を歩くエルトシャンであったが、どうも丸め込まれたような気がしてならない。学生時代に知り合ってからキュアンのあの瞳に何度騙されたことか。
「やはり嫌な予感がする…」
と、取って返そうとした時だった。

 どん…。ぱさぱさぱさ…。

「すまない」
 振り向いた瞬間に誰かとぶつかったようだ。
「こちらこそ本当に申し訳ございません」
深々と頭を下げるADらしき青年。エルトシャンは散らかった書類を集めるのを手伝おうとしたが、手を出す前にてきぱきと片付けられてしまった。
 見かけによらぬ彼の手際よさに感心していると今度は手伝ってもいないのに、
「ありがとうございました」
「いや…」
と礼を言われ、少し居心地が悪い。
(そうだ…)
 ふと思い立って何の気なしに彼に聞いてみることにした。
「ラケシスがどこにいるか知っているか?」
「ラ、ラケシスさんですか…?あ…あの…失礼ですが、あなたは?」
何故か彼はうろたえているが、不用意に答えなかったのには自分で尋ねておきながら感心した。とはいえ、自分を知らない者も増えて来たと内心嘆きながらエルトシャンは、
「俺はエルトシャン。ラケシスの兄で、アグストリアプロダクションの者だ」
と告げ、入館証を示した。それを見た彼の顔は一瞬で青ざめ、何度も無礼を詫びる。
「こっ…これは失礼しました。ラケシスさんなら今日の撮影を終えられて次の仕事場に向かわれました」
「そうか…」
 ラケシスに会えないことにひどく落胆しつつ、エルトシャンは妙に引っかかるものを感じた。
「君の名は?」
「…今度のドラマではADをしておりますフィンと申します。よろしくお願いいたします」
これまた丁寧な返答に圧倒されたのか、エルトシャンは肝心なことに気付かずその場を後にした。

「はあ〜っ」
 後に残されたフィンはへなへなとその場に座り込んだ。まさかラケシスの兄と出会うとは。キュアンからエルトシャンの話はさんざん聞かされていたから恐怖も人一倍である。
「あっ…」
 名乗ってしまってよかったのか…いろいろと問題はあるような気はするが、不思議と後悔はしなかった。むしろ、エルトシャンにきちんと挨拶できなかったことを悔やんだ。
「おい、フィン。へたり込んでどうしたんだ?」
「グレイド…」
「プロデューサーが呼んでるぞ」
「わかった。すぐに行く」
 立ち上がり、すぐに向かおうとしたフィンをグレイドは引き止めた。にやにやしているその目にフィンは嫌な予感がした。
「黙ってるなんて水臭いぞ。どうやってあのラケシスを口説いたんだ?うまくやりやがって。ホント羨ましい奴」
(やっぱり…)
 想像通りの言葉に文字通りフィンは閉口するしかなかった。グレイドは肩をすくめると、
「まあ…お前にしては上出来だ。頑張れよ」
フィンの肩を思いっきり叩くとスタジオの方に歩き出した。
「グレイド…」
 親友なりの思いやりに感謝しながら、フィンはキュアンの許へ向かった。

To be continued...

第5話予告

 人気アイドルラケシスの初めてのスキャンダルで巷は大騒ぎ(笑)。ワイドショーも連日取り上げる始末。レンスターTVの人気ワイドショーのキャスター、エスリンはどうしてもラケシスの相手をスクープしたいのだが…。第5話「スクープ!」(仮題)お楽しみに!

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