第2話 「出会い」

 ラケシスは昨日の不機嫌が嘘のように、うきうきと二時間も前に待ち合わせ場所であるミレトスの噴水広場に到着した。一人で外出するのは三年ぶりだったからだ。電車に乗るのも外を歩くのも今のラケシスには新鮮だった。
「すごい人…本当に皆待ち合わせしてるのね」
 半ば呆然と周囲を見渡す。想像以上の人出に圧倒されたラケシスは慌てて喫茶店の窓に身を映し、身なりを確認する。この日のために用意したジーンズにGジャン。長い金髪は亜麻色のショートのウイッグに押し込み、一見すると美少年である。
「大丈夫。誰にもわからないわ。でも、彼がわかるかしら…」
自らの変装に満足していたが、本来の目的を思い出し、途端にむっとした表情を浮かべる。
「見つけなかったら帰ってやるんだから!」
 うなじにかかる風に身をすくませながらラケシスは近くのベンチに腰かけた。入れ替わり立ち替わりに待っている人間は相手と合流し、広場から去っていく。その幸せそうな風景を眺めているうちに、ラケシスは段々腹が立ってきた。
(いつまで私を待たせるつもりなの!?)
 自分が早く来過ぎていることを棚に上げてすっかりおかんむりである。
「あ、そうだわ♪」
勢いよく立ち上がると、ラケシスは軽やかなステップで駆け出した。

「何でもっと早く気がつかなかったのかしら♪」
 すっかり御満悦のラケシスは最近オープンしたショッピング街を歩き回っていた。色とりどりの服やアクセサリー…見ているだけでもうっとりする。
「ああ…これ欲しいわ…あれも」
しばらくは目を輝かせていたが、その光はやがて怒りの炎に変わる。
「これじゃあ全然足りないわよ!ほんっとにエリオットって気が利かないんだから」
 普段はお金を使うことが全くないラケシスはキャッシュカードはもちろんクレジットカードも持っていない。昨日マネージャーのエリオットから渡された額では行き帰りのタクシー代にしかならない。行きは電車を使ったとはいえ、到底欲しいものには手が届かない。
「あ〜あ…せっかく久しぶりのお休みなのに…つまんない…」
 ラケシスは大きく溜め息を吐くと、ショッピング街を後にした。…のはよかったが、どうしても来た道に出ない。最初は時間はまだあると余裕だったが、十分も迷っているとさすがに心細くなってきた。
「どうしよう…」
 誰かに聞いた方が早いのはわかっているが、ミレトスの街には自分の歌がBGMとして流れ続けている。ラケシスとばれたらとんでもないことになる。それに何より田舎者扱いされるのはラケシスのプライドが許さない。最初から目的地へ向かっているという風を装って出て来たのは…高いビルが立ち並ぶビジネス街だった。

 摩天楼と称されるミレトスのビジネス街。先程のショッピング街とは打って変わった硬質な雰囲気にラケシスは飲まれてしまった。まるっきり反対側に出てしまったことは理解できたが、ビルに挟まれた道はどれも同じに見え、自分がどこから出て来たのかすらラケシスにはわからない。
「………」
 ただ呆然と立ち尽くすラケシス。お昼時で大勢の人々がビルから出て来るが、場違いな出で立ちのラケシスを気に留めるものはいない。
(とにかく地下鉄の駅探さなくちゃ…)
ようやく立ち直ったラケシスはふらふらと歩き始めた。

 どん。

「あ…ごめんなさい…」
 きょろきょろしながら歩いていたため、誰かにぶつかってしまい慌てて頭を上げたラケシスは声を失った。濃い青のスーツに身を包んだ空色の髪の青年…今まで数多くの美形に接し、兄以上に美しい男などいないというラケシスの持論は呆気無く崩れ去った。
「お怪我はありませんか?」
小さくてもよく通る声にラケシスは聞き惚れ、返事が一瞬遅れる。
「あ…大丈夫です…本当にごめんなさい…」
「それはよかった…では失礼」
「あ…あの…」
 ラケシスは、背を向け立ち去ろうとしていた青年に思わず声をかけてしまった。
「何か?」
「あの…地下鉄の駅どこでしょう?」
「ああ、それでしたら…」
「あ、ありがとうございました!」

 礼もそこそこに走り去ったラケシスを見送る青年は大きな溜め息を吐いた。
「どうされましたか?」
「いや…すまないが、すぐに出かける」
声をかけてきた側近に返事をしながら青年は早足で目前の超高層ビルに歩いていった。
「そんな…今日は決裁していただくことがたくさんあります!」
「全部メールで見るから」
「若!お待ち下さい!若っ!!」

CM(^^;)

 地下鉄に無事乗り込んだラケシスは先程のことを思い出して真っ赤になっていた。
(私ってなんて馬鹿なの!あんなとこであんなことを聞くなんて…。穴があったら入りたいわ)
もう穴の中にいるよ…という突っ込みはおいといて、ラケシスはすっかり自己嫌悪していた。
 冷静にあの状況を思い出すと、あの青年はリムジンから降りてきたところで、周りにはいっぱい人が並んでて…赤い絨毯があってもおかしくない雰囲気だった。よくお付きの人に追い払われなかったもんだと自分でも思う。
(いつもの私だったらきっと…って私ったら、何を考えているの!)
 ふとあの青年と並ぶ自分の図を思い浮かべてますます赤くなる。
『ミレトス中央駅〜』
 目的駅のアナウンスが耳に入り、ラケシスは慌てて電車から降りた。噴水広場にはさっきもそうだが、人の流れについていけば簡単に着く。時計を見ると約束の時間まであと三十分もある。
「あ〜あ…結局ここで待つのか…」
ラケシスといえど、また冒険の旅に出る気力はもうなかった。さらにこれからあのうだつのあがらないADとデートしなければならないのかと思うとますますやる気がなくなる。よほど帰ろうかと思ったが、ラケシスも女優である。芝居ができなくてドタキャンしたとは思われたくない。空いているベンチを探して歩いているところにおずおずと声をかけられた。
「あの…」
「え?」
 ラケシスだとばれてしまったのかと恐る恐る振り返ったラケシスはほっとすると同時に、声を張り上げた。
「今まで何してたのよ!」
「…すいません…お待たせしてしまって…」
「う…待ってなんかいないわよ!今来たところなんだから!」
「す…すいません」
 自分でもどうしてこんなに怒鳴り散らしてるのかわからない。だから何故彼がラケシスの変装に気が付いたのかまで気が回らなかった。
「と…とりあえず、ここから動きましょう」
「え?」
我に返ると周囲の視線が自分に集中している。そのほとんどが痴話喧嘩への興味からだが、ラケシスはばれてしまったのだと誤解した。
「さ…さっさと行くわよ」
 ラケシスはフィンの袖を引っ張って歩き出した。フィンは戸惑って何度も声をかけるが、それを無視してずんずん進む。人通りが切れたところでようやく手を離した。
(はあ…この人と仕事とはいえデートするなんて…やっぱり断ればよかったわ)
自分の性格をよく知るキュアンを恨みながら、ラケシスはデートの相手をまじまじと見つめて溜め息を吐く。着古したチェックのシャツにジーンズ、黒斑眼鏡に謎の球団の野球帽…。
(髪だけは同じ色なのに…)
再びあの青年を思い出して頬を赤らめる。
「あの…」
「何よ」
 ラケシスは回想を邪魔され、つっけんどんに返事をする。あの青年を思い出したことでますます色褪せて見えるフィンにまたまた深く溜め息を吐いた。
(でも…あの人や兄様と比べること自体この人には可哀想なのよね…)
 今までの対応を少し後悔したラケシスは、
「これからどうしようか?」
と少しだけ優しくフィンに話しかけた。ラケシスの刺々しさに参っていたフィンはそれだけでほっとした表情を浮かべた。
「お昼すませましたか?」
「ううん。まだ」
(それどころじゃなかったの)
という言葉は飲み込んで続けた。
「でも…お金持ってるの?」
「ええ…あ…プロデューサーから預かってます」
「そう。だったらバーハラ料理がいいわ」
「…え?」
 最高級のバーハラ料理と聞いて本気で慌てるフィンの様子がおかしくてラケシスは楽しそうに笑った。
「嘘よ。私もこんな恰好よ。入れる訳ないじゃない。…ハンバーガーでいいわよ」
「そ…そうですか。では行きましょう」
からかわれたことに気付いて少し顔を赤らめたフィンは、そそくさとラケシスを案内しようと先に歩き出した。
(この人だってよく見ればADにしてはましな方よね…)
 ラケシスは駆け出すとフィンの腕にすっと自分の腕を絡ませた。フィンはすっかりパニック状態である。
「え…あの…その…」
「デートなんでしょ?役得だと思いなさいよね。早く行きましょ」
窓に映る二人は恋人そのものであった。

「あれがラケシス…?」
 男は意外そうに呟くと、手元の写真を見比べてから二人に続いて歩き出した。それはフィンの写真だった。まだ早いコートに身を包んだ男は写真を仕舞うついでに胸元の得物に軽く触れた。
「しばらくこいつの出番はなさそうだな…」

To be continued...

第3話予告

 久しぶりの遊園地にデートの本来の目的を忘れてはしゃぐラケシス。そんなラケシスに振り回されるフィン(^^;)そして、謎の男…。第3話「激写!」お楽しみに!

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