ニュースなオ・ト・コ(^^;)

第1話 「陰謀の始まり」

 フィンは深い溜め息を吐きながら目の前にいる上司の顔を見つめた。ここはレンスターTVのとある会議室。プロデューサーのキュアンから直々に呼び出されたフィンは、告げられた内容にただただ驚くばかりであった。今の仕事に携わってからはそういうこともあると聞いてはいたが、まさか自分が当事者になろうとは。そして、それを尊敬するキュアンが行おうとしていることが信じられなかった。
 キュアンはその縋り付くような目に一瞬たじろぐものの、かえって生来の悪戯心がむくむくと起き上がり、不敵な笑みを部下に向ける。
「これはプロデューサー命令だからな。しっかりやれよ」
「キュ…キュアン様…」
「ここで『様』はつけるなとあれほど言ってるだろうが」
「申し…いえ、すみません…」
「よしよし。わかればいいんだ。今度のドラマが当たるかどうかはお前にかかってるんだ。責任重大だぞ」
「ですがっ!」
「…おっ、来たぞ。くれぐれもそそうのないようにな」
 キュアンは二、三回フィンの肩を叩くと立ち上がって来客を迎え入れた。うさん臭い男の後ろから現れた人物を見てフィンは息を飲んだ。CM通りのつややかな金髪をかきあげてこちらを見る。匂い立つような美しさであるが、目だけがTVと違っている。そんな視線も意に介さず、キュアンはソファに座るよう促した。
「やあ。ラケシス。元気そうで何よりだ。…エリオットさんから話は聞いてるようだな」
 現在大ブレイク中のアイドルであるラケシスは怒りをあらわにどんとソファに腰かけ、キッとキュアンを睨みつけた。
「どういうことですの!私じゃ数字が取れないとでも!?」
「まあまあ…落ち着けよ。君なら裏なんか圧倒できるに決まってるだろう?安心しているよ。せっかく俺がドラマ作るんだし…ちょっと趣向を凝らしてみようかと。もう台本読んだ?」
「もちろんですわ」
「じゃあ…わかるだろ?ストーリーと重なるって訳だ。それとも二重に芝居はできないかな?…君でも」
「私なら他愛もないことです!」
 ラケシスはキュアンの策にかかったことを自覚したが、今さら後には退けない。しかし、全くキュアンの思惑通りにことが進むのも腹立たしい。
「…でも…兄様が何と言うかしら…」
「ラケシス、それは社長から話してもらうって…」
「あなたに言ってるんじゃないわ!それから気安く名前を呼ばないで頂戴」
 会話に口を挟んだがために攻撃を受けることとなったマネージャーのエリオットは慌てて立ち上がり、
「ちょ…ちょっと事務所に連絡を…」
とその場から退散した。しかし、その目は何故か喜びに溢れている。ラケシスは彼の後ろ姿に舌を出して見送った。
「おいおい…ラケシス」
「別に構いませんわ。マネージャーといっても兄様の足元にも及びません。ただ金魚の糞のようについて回っているだけです。ところで…さっきの話ですけど、エルト兄様はどうするおつもりなんですの?」
 ラケシスの兄のエルトシャンとは親友であり、彼がどれほど妹を大切にしているかよく知っているキュアンは少しげんなりした表情を浮かべたが、すぐににやりと笑みを浮かべた。
「あいつのことなら心配いらん。俺が上手く言っておく。相手もご覧の通り人畜無害だしな」
 キュアンの言葉で初めてラケシスは彼の後ろの存在に気がついた。いかにも新米ADの出で立ちに黒縁眼鏡。軽く目眩を感じながら一瞬で視線を外して、キュアンに向き直った。
「レンスターTVも人材不足ですのね」
「………。これでも将来有望なんだがなあ…。まあいい。フィンだ。お手柔らかに頼むよ」
「フィン…ですね。よろしくお願いしますわ」
 ラケシスはさっと立ち上がり右手を差し出した。その洗練された所作に見とれてフィンは反応が遅れてしまった。
「フィ…フィンです。よ…よろしく…お願いいたします」
内心では深く溜め息を吐きながら、ラケシスは営業スマイルでフィンの手を握った。

CM(^^;)

 新ドラマ「愛を電波に乗せて…」(ベタ…)は裏の怪物ドラマ枠(月9?)に対抗してレンスターTVが総力を挙げて制作していた。大々的な制作発表が行われ、世間の注目もまずまずである。
 本格的に撮影が始まり、フィンも正式にドラマ部門に転属された。もともと報道関係のADをしていたため、戸惑うことも多かったが、本質的に『使い走り』なのは変わらないので、徐々に馴染んでいった。しかし、気は重かった。キュアンの計画の実行の日が迫っていたからである。さらに下準備もある。フィンは溜め息を吐いてセットの中の共犯者を目で追った。
 スポットライトを浴びたラケシスはまさに別世界の人間だ。カットごとに表情をクルクル変える彼女の演技に引き込まれそうになる。
「ラケシスちゃんって、ほんっと可愛いよなあ…」
「グレイド…」
いつの間にか同期だが年上のADグレイドが横に来ていた。グレイドの目尻はすっかり下がっている。
「可愛いだけじゃなくって実力もあるしな。性格もそんな悪くないし…」
「…そんなこと言ってていいのか?セルフィナがすごい顔してこっち見てるぞ」
「げっ…。今話してたことは黙っててくれよ。後が大変なんだから。…フィンもいつまでも見とれてないで仕事しろよ」
「あのなあ…」
 慌てて恋人でメイク担当のセルフィナの許に機嫌を取りに行くグレイドを苦笑で見送ったが、彼のことなど一瞬で忘れ、フィンの視線はラケシスに釘付けになる。
(あの人と…芝居だけど…。ってそんなことよりどうしろと言うんですか?…キュアン様…)
スタジオに入ってきたキュアンを条件反射で素早く見つけ、頭を下げながらも恨めしい視線を送ってみる。予想通りそれは素通りする。暖簾に腕押し…糠に釘…馬耳東風…ことわざ辞典の語句が浮かび上がってはフィンを絶望に突き落とす。

「フィン!」
 キュアンに呼ばれ、慌ててフィンは顔を上げた。すでに撮影は終わり、ラケシスもキュアンの隣でニコニコ笑っている。…が目だけは笑っていない。かなり不機嫌そうである。
(まさか…)
逃げ出す訳にも行かず、キュアンの許へ駆け寄った。
「お疲れ様でした」
「おう」
 キュアンはフィンに軽く応えた後、声のトーンを一気に落として続けた。
「…明日決行するぞ」
「え…ええ〜っ!!あ…」
後の言葉はキュアンに小突かれて慌てて飲み込んだ。そして傍らのラケシスにそっと視線を移した。笑顔のままだが、こちらを向いてはいない。フィンは溜め息を吐くとキュアンに小声で返した。
「明日は…」
「ラケシスのオフが明日しか取れないんだ。お前も休みにしてやるから」
「ですが…」
「私にあなたの休みと合わせろと!?」
「い…いえ…そういう意味では…」
「どうせお芝居だし、あなたでなくても私はいいんだから!」
 ラケシスの剣幕にフィンはたじろくばかりだった。ラケシスは他のスタッフに背を向けたため、営業スマイルも消えていた。二人の様子を見ていたキュアンはラケシスの口調がいつもと違うことに気付いたが、先行きの不安の方が大きかった。
(やっぱりもう少し地ならししておくべきだったか)
とりあえず話を先に進めようと頭を捻っているうちにフィンが難色を示した原因に思い当たり、助け舟を出した。
「ああ、そうか。明日は会議だったな…。午前中で終わらせよう。…それでいいかな、ラケシス?」
「…そうですわね。何もこの人と一日中一緒にいる必要もありませんもの。では、明日の一時でいいわね。場所は妥協してあげるわ。さっさと決めて頂戴」
 むきになっていたのに気付いたラケシスは慌てて取り繕った。キュアンは面白いものを見たとばかりに口元を緩めた。
「フィンもそれでいいな。で、待ち合わせ場所はどうする」
「…でしたら、ミレトスの…」
「噴水広場がいいわ!」
 ミレトスの噴水広場といえば待ち合わせの定番の場所である。そんなところにラケシスが来たとなればパニックが起こりかねない。キュアンが慌てて口を挟む。
「おいおい…。目立ち過ぎるんじゃないか?」
「変装しますわ。…撮られる時に私だとわかればよいのでしょう?」
「まあ、それは任せるよ。ミレトスだったらエムブレムワールドもあるし、デートには最適だな。カメラマンは適当に張らせておくから、気にしないで楽しむといいよ」
「…そうしますわ。ではこれで、失礼」
 ラケシスはヒールの音も高らかにスタジオを出ていった。その後ろ姿を見送りながらフィンは大きな溜め息を吐いた。キュアンはもうすっかり他人事のように、
「少し場所が近いが…上手くやれよ、フィン!」
フィンに声をかけるとそそくさとその場を去った。取り残されたフィンはしばらく呆然としていたが、
「おい、フィン!まだ片付け終わってないぞ!」
ディレクターの声に我に返り、仕事に戻った。
 …フィンの一日はまだ終わらない。

To be continued...

第2話予告

 とうとう作戦決行の日が来た。気は進まないながら待ち合わせ場所に二時間も早く来たラケシス。あまりの退屈さに少し冒険してみることに…。第2話「出会い」お楽しみに(^^;)

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