レンスター城のほとんどを制圧し、残るは玉座の間のみ。各々分かれて行動していたフィンの部隊は合流し、玉座の間に突入した。開くはずのない扉が開き、敵将グスタフは狼狽するばかりであった。
「ゼーベイアよ!直ちにリーフ王子を殺すのだ!!」
 すでにリーフ達によって重騎士達は解放され、フリージ兵も事切れていた。フィン達の出現は逃走経路を断たれたことを意味する。リーフを見つめ、微動だにしないゼーベイアに苛立ち、グスタフは罵声を浴びせる。
「何を愚図愚図している!!ならばこのわしがっ」
「手出しは無用!」
ゼーベイアは玉座を立とうとしたグスタフを制し、持っていた斧を構えゆっくりとリーフに近付いた。その瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。
「ゼーベイア将軍…」
 リーフは光の剣を鞘に収めた。
「リーフ王子!?」
周囲の者はその行動に驚き、駆け寄ろうとした。それを止めたのがフィンであり、ナンナであった。
「リーフ様にお任せしましょう。私達には他にすべきことがあるでしょう?」
ナンナの視線はグスタフに向けられた。射竦められたのかこっそり立ち上がろうとしたグスタフは身動きできない。ナンナに従い、玉座の周りを取り囲む。
「ナンナ、ありがとう」
 リーフは一瞬ナンナに笑顔を向けると再び向き合った。
「…ゼーベイア将軍…。僕は帰ってきた」
「本当にご立派になられましたな…もう思い残すことはありません…どうか…」
「何を言うんですか!?」
「全ての罪は私に…」
「それなら僕だって…。王族の責任を果たさずにずっと守られて生きてきた。民を守るのが王族の義務なのに」
「王子は幼すぎたのです。それに…レンスターの民の希望を一身に受けてこられたのだ」
「それはあなたも同じはずだ。騎士のほとんどが追われてしまったレンスターをずっと守り続けてくれた。常に矢面に立って…」
「もったいないお言葉…まさかこのようなお言葉をかけていただくとは…」
 ゼーベイアの瞳からずっとこらえていた涙がこぼれ落ちた。ドリアスがゼーベイアの前に進み出て、深々と頭を下げた。
「ゼーベイア、私が浅はかだった…すまなかった、許してくれ」
「ドリアス卿…」
「リーフ様のお力になって差し上げてくれ…。これまでのレンスターを見てきた貴公の力が必要なのだ」
「はっ…。老いぼれではありますが、喜んでお仕えさせていただきます」
「ありがとう、ゼーベイア将軍」
「ゼーベイア!この期に及んで裏切る気か!?」
 後がないと悟ったグスタフは手近では最も華奢なナンナを狙い、人質にしようとした。しかし、ナンナは紙一重で躱し、伸ばされた腕に斬りつけた。
「ナンナ!」
「グスタフ、覚悟!」
グスタフが怯んだ隙にナンナの前に立ち塞がったフィンが剣で斬り付けると、
「おのれ…」
目を見開いたままレンスターを十四年に渡って蹂躙し続けた男は崩れ落ちた。

 悲願が叶ってレンスター城を奪還したリーフの周囲には解放軍の面々が集まって喜びを分かち合っている。
「みんなのおかげだ…本当にありがとう」
リーフとナンナが一人一人に労いの声をかけて回っているのを、少し離れたところで目を細めて見ていたゼーベイアがフィンに声をかけた。
「…まるでキュアン様とエスリン様が戻ってこられたようですな。フィン様は少々複雑かもしれませんが」
「将軍…」
 ゼーベイアの言葉にフィンは苦笑を浮かべるしかない。その表情は幼い頃のままであり、かつ、尊敬する上司を彷佛とさせる。ゼーベイアの胸はますます熱くなった。
「まさかこんな夢のような光景を目にすることができるとは…。ここまでリーフ様を立派に育てて下さったフィン様には感謝の言葉もありません」
「いいえ。あの時の将軍のお言葉がなければ、私は生きることなど考えられなかったでしょう…」
「フィン様…まだ終わったわけではありませんが、今宵だけは心穏やかに過ごしたいものですな」
「ええ…本当に…」

 本来ならば祝宴を挙げるところだが、城を取り戻したのは夕刻近くだった。そのため日を改めて行うということで、周囲の村から差し入れられた食料で簡単な食事を摂った後はほとんどの戦士は貪るように睡眠を取っていた。
 フィンは昨日は外側しか見られなかったレンスター城の中を感慨深く歩き回っていた。数時間前は戦場だったため、まだその痕跡は生々しく残っている。しかし、そのおかげでフリージの悪趣味な装飾を色褪せさせてくれた。
「すぐに手を入れることは無理だとしても…」
頭の中で城の改修計画を立てる自分に半ば呆れつつも、それを考えることができる幸せを改めて実感する。
 二階のとある部屋でフィンは立ち止まり、しばし逡巡した後思い切ってその扉を開けた。物置きとして使われていたようで雑多なもので溢れ返っていたが、それが幸いして在りし日のそのままの姿を留めていた。
 フィンは大きく深呼吸すると部屋を横切り、真直ぐ窓際へ歩いていった。
「見間違えるようなものは何もないのに…」
昨日自分がいた場所に目をやる。青の絨毯は月に照らされ、風にそよいでいる。そして、海の向こうを見つめた。
「お父様!!」
 開いていた扉からナンナが飛び込んできた。先程まであれほど輝いていた顔は色を失っていた。異変を感じフィンはナンナに近付く。
「ナンナ、どうした?」
「アルスターの方が来られて…挙兵したけど鎮圧されそうだと」
「何ということだ…」

 玉座の間ではすぐに救援を送ろうと言うリーフとそれを諌める二人の軍師が言葉を戦わせていた。結局軍師の方が折れ、ドリアスが部隊の半数を率いて出撃することになった。
「ドリアス卿…」
 推移を見守っていたフィンが声をかけるとドリアスは笑みを浮かべてフィンとナンナを招き寄せた。
「人数的に少し寂しい気もいたしますが、正式なものはいつでもできます故…。リーフ様…」
「ドリアス?どうしたんだ?改まって」
 ドリアスの表情がいつも以上に厳しいのに気付き、リーフは訝しがりながらも神妙な表情で次の言葉を待った。
「これでリーフ様は名実共にレンスターの王位継承者となられました。もはや亡国の王子ではありません。その両肩にレンスターの命運を担われたことしかとお忘れなきように」
「わかっている。今度は僕が民を守れるように…もっともっと強くなってみせる」
「リーフ様…そのお言葉、この場にいる者全員が亡き陛下とレンスターの民に代わってお聞きいたしました。リーフ王子に神のご加護を!」

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