翌日、朝も明け切らぬうちにリーフ達はレンスター城の玉座を目指して行動を開始した。城の周りにはリーフ達を守るように濃い霧が立ち込めている。城内に突入する直前、リーフは別働隊を率いる父を思いぼんやりしているナンナに声をかけた。
「ナンナ、フィンが心配?」
「リーフ様…。心配していないと言えば嘘になりますが…でも、お父様なら大丈夫。そう信じています」
ナンナはリーフに笑顔を向けた。瞳にはもう迷いはない。
「そうだね。玉座の間で合流するまで頑張ろう」
「はい!」
 大地の剣を抜いたナンナは瞬く間に戦士の顔になる。リーフはその横顔をじっと見つめた。
(やっぱりフィンと一緒がいいのかな)
微かな嫉妬を感じつつリーフも光の剣を握り締めた。

 城内突入部隊を大きく二つに分けることになった時、それまでリーフの決定に黙々と従っていたフィンには珍しくリーフとナンナは人質の救出に回るように主張した。
「ゼーベイア将軍の説得はリーフ様しかできません。そして囚われている人々もリーフ様のお姿を見ればきっと協力してくれるはずです。彼等も不安でしょうが…ナンナがお役に立てるかと」
「フィンは?」
「敵は恐らく財宝を外へ持ち出そうとするでしょう。大したものは残っていないと思いますが、今後の戦いには役立つでしょう。逃走経路には心当たりがありますので、私に指揮させて下さい」
「…わかった」
 そしてフィンが選んだメンバーはレンスターに縁のない者ばかりだった。訝しく思いながらも軍師達の賛成もあってリーフは承諾したのだ。そして、フィンの真意を理解できたのは突入してからだった。

「おかしい…」
「リーフ様?」
 城内に突入し、人質が囚われていると思われる部屋を目指していたリーフは首を傾げた。見張りを倒したことを気付かれ、次々と兵士が現れ行く手を遮られるが、それは全てフリージ軍の人間だったのだ。
「レンスター人がいないのはおかしいと思わないか?」
「…そういえば皆フリージの兵士ですわ」
「まさか…」
頭を過った光景があまりに辛くてリーフは顔色を失った。
「大丈夫です。グスタフが諦めたのなら人質の人達もレンスターの兵士も殺してしまうかもしれません。それならそれで私達にわかるようにするはず…ですから」
ナンナの自信溢れる笑顔でリーフは逃げ出そうとする希望を手繰り寄せた。
「そうだね、ナンナ。…でもどこにいるんだろう。兵力ならいくらでも必要なはずなのに…」
「おそらくフィン殿の方に…」
 リーフとナンナの会話を聞いていたアウグストが口を挟んできた。
「人質の監視にはレンスター人は使えないでしょうからな。それに我らが人質の救出を優先することは向こうもわかっているはず。グスタフはあちらを逃走ルートとして押さえておきたいのでしょう。そのためにレンスター兵を配置して進軍を妨げるのが狙いかと」
「では…お父様は」
 今度はナンナが真っ青になった。同郷の人間と戦ったカリンの憔悴が脳裏に甦る。ナンナが今まで必死に考えないようにしてきたことを父は全て自分の身に受けようとしているのだ。肩が小刻みに震えているのに気付いたリーフはナンナの肩を抱き、落ち着かせようとした。
「アウグスト、フィンはわかってそうしたのか?」
「そう思います。ご自分以外レンスター人は連れて行かれなかった」
「…フィン…どうして」
リーフは拳を握り締めた。
「どちらの部隊にも城内の状況に詳しい人間は必要です。向こうのルートはなおさらのこと。そしてこの城を最も知り尽くしているのはフィン殿だそうですな。…最も現実的で最も感傷的な選択をされた。他の者にはレンスター人同士で戦わせたくないという訳ですから」
「…だけど…いや…そんなこといってる場合じゃない。グスタフさえ倒せばレンスター人同士が戦う理由なんて無くなるんだ。…だから…辛いだろうけど…ナンナ…」
「ええ。行きましょう…リーフ様」
 リーフとナンナは一瞬微笑み合うと剣を持ち直し、襲いかかってきた敵を返り討ちにした。

「始まったみたいだな…」
 フィンは深呼吸すると踊り子のラーラに指示した。
「扉を開けてくれ。皆、盗賊が財宝を持って逃げようとしているはず。一気に進むぞ。それから…」
「レンスター人はできるだけ捕虜に…でしょ?フィンさん」
「ハルヴァン…」
「俺にハルヴァンにダグダさんにマーティさん…これだけ揃えば何考えてるかわかるって」
ハルヴァンの言葉をオーシンが続けた。二人とも不敵に笑っている。
「…本当はダグダさんが教えてくれたんですよ」
「ハルヴァン!余計なこと言うなよ。せっかくかっこつけようと思ったのに」
「ダグダ…」
フィンは二人のやり取りを苦笑しながら聞いていたが、胸の中は熱かった。
「おい!お前らも早く来い!」
 すでに突入したダグダが一人捕虜にすることに成功したようだ。フィンはダグダの許に駆け寄り、捕虜を見つめた。主君に刃を向けてしまったことへの悔恨とそうせざるを得なかった理由が彼を絶望と恐怖に陥れていた。そしてわずかばかりの安堵と。
「あなた達にやむをえない事情があることはリーフ様はご存知だ。だからこれ以上抵抗しなければ我々も手を下さずにすむ…」
フィンは膝をついて捕虜に語りかけた。
「…リーフ様は本当に許して下さるのでしょうか…?」
「今までレンスター城を守っていてくれたんだ…感謝している…」
「フィン様…」
 捕虜の目に涙が浮かんでいる。抵抗の意思はないと判断してフィンは立ち上がった。他に捕虜となったレンスター兵達も同様に大人しく従っている。
(…何とかなるかもしれない)
救いようのない戦いになることを覚悟していたフィンの心に希望の光が差していった。

 士気の下がったレンスター兵はまるで投降するかのように次々と捕虜となっていった。彼等を城外に送り出し、フィン達の間に安堵の空気が流れたが、それも束の間のことであった。
「…来るわ…」
同行していたサラが気配を察知し、魔道書を構えた。ベルクローゼンがワープしてきたのだ。すかさずサラはサンダーの呪文を唱えた。しとめられなかったが、シヴァがとどめを差した。さらにフリージの魔道士が異変に気付いたらしく続々と現れる。
「どこから来たかわかるか?」
「あっち…」
 シヴァの問いに答えてサラは指差した。
「そろそろ腕が鈍ってきた頃だ。ベルクローゼンは任せろ」
「…わかった。それならフェルグスも行ってくれ。ベルクローゼンを一人で相手にするのは無謀だ」
フィンの指示にシヴァとフェルグスは頷き、サラが指差した方向に駆け出した。
「じゃあ、俺達も本気で行っていいな?」
 オーシンはすでにプージを構えている。フィンは頷いた。
「玉座の間に行かせれば重騎士達が処刑されるだろう。食い止めてくれ」
「おーし。行くぜ!遅れるなよハルヴァン」
「おい、待てよ。オーシン」
オーシンとハルヴァンは魔道士に向かって突撃し、あっという間に薙ぎ倒した。

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