ノルデン砦への進軍は想像以上に厳しかった。解放軍の進攻を知ったフリージ軍の騎馬部隊が進撃を阻む。その中に知った顔を見つけたオルエンはリーフに進言した。
「あの部隊の指揮官もサンダーストームを操ります。お気を付け下さい。…彼はこんな前線にいるような人材ではないのに」
「それなら話せば仲間になってくれるかもしれないな」
「…私がいる限り無理だと思います。何かと目の敵にされましたので。有能な人ですから戦力になることは請け負いますが」
「だったら、今説得するのは諦めよう。ティナ、彼をスリープの杖で眠らせてくれないか。捕虜にする」
「は〜い」
 ティナはスリープの杖を掲げ呪文を唱えた。手ごたえがあったようで、リーフに笑顔を向けた。リーフはそれを見てオルエンに先行を指示した。
「彼が眠ったことで隙ができた。僕達で残りは撃破できる。オルエン…決して無理はしないと約束してほしい」
「わかっています。…必ずお役に立ちます」
オルエンは固い表情で馬を走らせた。フレッドとナンナもそれに続く。
「リーフ様、ご武運を」
「フィン、頼んだぞ」
フィンは頷くと、三人の後を追った。

 砦の近くに到着したフィン達であったが、ロングアーチが隙なく配置されているため、思うように敵陣まで踏み込めずにいた。フィンは近くの民家を懐かしそうに見つめる。
(ここまで帰ってきたのか…。ナンナは覚えているわけないな…)
 昔少しの間だけ住んでいた家―もう何十年も経ったような気がする。
(側にいないのが…当たり前になってしまった)
意識が過去へ戻ろうとするのを悲鳴に似た叫びが引き止めた。
「フレッド、離して!」
 いてもたってもいられなくなったオルエンが突っ込もうとしたのだ。それをフレッドが必死に押しとどめている。
「オルエン様いけません!」
なおも進もうとするオルエンをフィンはたしなめた。
「焦りは禁物です。あの部隊が動かないのであれば却って好都合でしょう。まずはロングアーチを潰すことが先決です」
「そうですわ。オルエンさん。あれだけのロングアーチの数ですもの。狙い撃ちされれば避けきれないわ」
「…わかりました。そうですね。無駄死にだけはしたくありません」
 フィンとナンナの説得に我に返ったオルエンは、サンダーストームを繰り出した。ナンナの声援の甲斐あってか次々に攻撃を命中させる。ロングアーチをほぼ壊滅させた頃、そろそろ来るはずのリーフ達が来ないことにフィンは気付いた。
「…何かあったのか?あの数ならば追い付いてもおかしくない頃だというのに」
 その頃、リーフ達は背後から増援部隊が現れたと報告を受け迎撃体勢に入っていた。その部隊がアルスター軍だと判明し、リーフは複雑な表情を浮かべ、ドリアスに話しかけた。
「戦いたくはないが…さすがにそうも言っていられないな」
「おっしゃる通りです。それにアルスター軍は強敵です。とりあえず防衛拠点を作って守り抜かねばなりますまい」
「その上で、カリンとエダで奇襲をかけよう。」
 防衛拠点まで引き付けた上での奇襲攻撃が功を奏し、一度に多数の戦力を失ったアルスター軍は退却を余儀無くされた。いや、アルスター軍は撤退の口実を探していたのかもしれない。いずれにせよ背後の脅威がなくなったリーフ達はやっとのことで砦に向かって進軍を開始した。
「カリン、エダ。先行してくれ」

 合流したカリンとエダによってリーフ達が向かっていることを知ったフィンは、オルエンに指示を出した。
「我々で道を開きますから、オルエン殿は指揮官の許へ」
「はい!」
ロングアーチの後ろ楯を失った部隊の脅威はほとんどなくなった。しかし、砦への橋を守る部隊は全く動く気配がない。フィン達は守備の薄いところを突き、指揮官への道を切り開いた。オルエンは優美な笑顔を浮かべ、指揮官の前に立った。
「ケンプフ将軍、久しぶりですね」
「お前はオルエンだな!?この裏切り者め!」
「私が裏切り者なら、あなたは憶病者だわ…戦う勇気などないのでしょう。それでラインハルト兄様に勝つおつもりなの?」
「ぐぐぐ…言わせておけば!誰かこの女を捕らえろ!」
「ふふっ…これだけ言ってもご自分でなさろうとはしないのね」
オルエンは嘲笑うかのように馬の首を返し、後方へ下がった。オルエンに続き、フィン達も退いた。ケンプフは顔面蒼白になって絶叫した。
「全軍突撃せよ!」
 ケンプフの部隊は予定外の命令に戸惑いながらオルエン達の方へ向かってきた。片っ端から返り討ちにするものの、圧倒的な数の差で包囲されてしまった。
「ナンナ!後ろへ下がれ!」
「はい!」
ナンナをかばうように前に出たフィンは、勇者の槍を大きく振り回した。それに怯んだ敵が歩みを止めた一瞬の隙に、体勢を整えた。すかさずナンナが大地の剣を掲げ、敵の体力を奪う。そして敵の反撃を軽やかに躱し、剣で薙ぎ払う。
 フィンはナンナの死角に立って槍を振るいながら、娘の戦闘能力が格段に上がっていることを肌で感じていた。大地の剣に込められたリザイアの力がなくても十分通用するまでに成長している。杖での回復役に徹することが多いナンナが影でマリータから剣の特訓を受けていることを知ってはいたが、まさかここまで伸びているとは。
(そういうところも似るものなのか…)
 か弱く、ただ守られるだけの存在だったラケシスが、急激に剣の腕を上げ、瞬く間にマスターナイトに登り詰めてしまった。
(その時に付き合わされたおかげで、剣も人前の腕になれたのだからわからないものだ)
思わず苦笑を浮かべるフィン。
「お父様!」
 その声が耳に届くよりも早く、横から一閃の光がフィンに斬り付けようとしていたアーマーに襲いかかる。フィンは横を向くことなく、敵にとどめを刺した。
「すまない」
「いいえ。あともう少しです。リーフ様が来られるまで何としても持ちこたえましょう」
ナンナは笑顔でそう言うと、フィンにライブの杖をかざした。そして次の持ち場を見つけ、馬を走らせた。フィンもその後に続いた。
(どうしても向き合うことになるのなら…逃げていても始まらない…)
 残るは砦前の部隊を残すのみとなった頃、フィン達はようやくリーフ達の本隊と合流できた。
「遅くなってすまない。アルスター軍が現れて予定が狂ってしまった」
「リーフ様、ご無事で何よりです。…アルスター軍とは厄介でしたね。とにかくすぐに体勢を立て直して砦を落としましょう」
「そうだな」
 リーフの号令の下、緊張感を取り戻した解放軍は一気にノルデン砦を制圧した。

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