リーフ達はマンスターに向かう途中、海賊に襲われているイスの村を救い、海賊に囚われていたターラのシスター、サフィからリーフを匿ってくれていたターラの惨状を知った。そしてマンスターへの入口ケルベスの門という砦で子供狩りという衝撃的な現実を思い知らされることになった。そして躊躇することなく、子供達を救出するため、砦に侵入した。
 子供達を救出し、村に送ることになったが、その村に山賊が襲いかかろうとしていた。機動力のあるフィンが援護に向かう。砦の中ではリーフとエーヴェル、そしてイスの村を襲っていた海賊のボスで、しぶしぶ仲間に加わったリフィスが砦を制圧しようとしていた。その時である。ナンナを盾にしたレイドリックが現われた。
「この娘の命が惜しくば武器を捨てろ!」
「ナンナ!」
「リーフ様、私のことはいいの!逃げて!!」
目に涙を溜めて訴える。リーフにはそんなことはできないと知りながら、叫ばずにはいられなかった。そして、リーフは武器を捨てた。
 エーヴェルはリーフが捕らえられたと知り、砦に入ろうとする仲間を制した。
「私はリーフ様と共に行きます。貴方達は落ちのびて王子の救出を図ってください。いいですね!」
フィンは山賊を片付け、砦に向かっていた。その砦から仲間達が出てきたので、慌てて駆け寄った。リーフの姿が見当たらない。ハルヴァンがフィンに説明する。
「リーフ王子はレイドリックに捕まりました。エーヴェル様はリーフ様と残られて…」
(何ということだ!)
フィンは空を仰いで唇を噛んだ。悔しさに胸が潰れそうだったが、すぐに追っ手がくるだろう。無理して頭を切り替えた。
「やむをえない。ここはひとまず離脱しよう」
 ダグダ達は仲間を集めるために紫竜山へと向かい、フィン達は追っ手をかわしているうちにトラキアのミーズ領近くまで来てしまっていた。マンスターとの国境を抱えているミーズでは、国境線の警備は厳しく、迷いこんだハルヴァン達はすぐに見つかり、捕らえられてしまった。フィンはサフィと馬に乗っていたため、かろうじて逃げることができた。フィンは彼等の奪還を諦め、ミーズから離れた。
(すまない…)
 彼等よりもリーフの方が確実に危険だったからだ。リーフの死を最も効果的に演出するため、コノートかアルスター(最終的にはレンスターかもしれないが)へ移送されるだろう。そうなれば救出は不可能に近い。マンスターにいる内に何としてでも救出する必要があった。それにミーズは『トラキアの盾』ハンニバルの治める地域である。敵とはいえフィンは彼を評価していた。
(無闇に殺すような人ではない。オーシン達が下手に動かねば大丈夫だろう。今はリーフ様を救出することだけを考えるんだ)
何度も見た悪夢。それにリーフが加わるなどあってはならない…。もうあんな思いはしたくない。いや、もう耐えられない。
「私はもう行かねばなりません。シスターは街へ戻ってください。貴女なら見とがめられることはないでしょうから」
「フィン様、私を気づかうことは無用です。もしもお役に立てるのならどうぞお連れくださいませ」

 フィン達はマンスターに向かって馬を走らせた。途中で傭兵の集団に出くわし、攻撃を受けた。フィンは焦る気持ちを押さえられず、容赦なく傭兵達を殺していく。サフィは穏やかな印象しかなかったフィンにこんなに激しい面があることを知り、驚くと同時に彼の深い悲しみを感じていた。その時傭兵の中に知った顔を見つけた。海賊島に囚われていた時何かとかばってくれたシヴァだった。サフィは躊躇うことなくシヴァの前に飛び出した。
「どうして貴方がこんなことを?」
 サフィの説得で仲間になったシヴァからリーフ達がマンスターから逃げてきていることを知り、フィンはとりあえず胸をなで下ろした。
「しかし、追っ手が心配だ。シスターをよろしく頼む」
シヴァにサフィを託し、馬を飛ばした。前方で戦闘が起きているのが見えた。いつまでたっても辿り着かないような気がした。それくらい気が急いていた。ようやく最後尾(リーフ達にとっては先頭だが)でナンナが杖を振っているのが見えた。
(ナンナ…よかった…)
 馬の蹄の音に気付いたナンナがこちらを向いた。驚きの表情がたちまち喜びに変わる。
「お父様!?」
「ナンナ…無事でよかった。…お前にもしものことがあれば私はあの方に何と言って詫びればいいのか…」
「お父様…」
 久しぶりの再会なのに、何かを訴えかけるような瞳は変わらなかった。いや、以前よりその思いは増しているような気がした。
「とにかくお前は後方へ下がれ。杖での支援は必要だが、戦うのはまだ早い」
これ以上側にいると、言葉になる。それを恐れるかのようにフィンは主君の元へと馬を進めていった。 
 最も戦闘が激しい場所に着き、フィンはリーフの姿を探した。リーフは見知らぬ騎士達と懸命に戦っていた。彼等の中でもリーフの剣の腕は遜色なかった。
「リーフ様!!ご無事でしたか!」
「フィン。心配をかけたな」
 リーフの口からエーヴェルに起きた出来事を聞き、フィンは無力感に打ちのめされた。
(私は何もできなかった…)
「リーフ様…申し訳ありません…」
「フィンが謝ることはない。エーヴェルは僕がきっと取り戻す!…だからフィンは死ぬな!」
「はっ、この勇者の槍に誓ってもう二度とリーフ様のお側を離れることはいたしません」
 久しぶりに見たリーフはすっかり逞しくなっていた。そして共に戦う仲間を見つけている…。フィンの胸は熱くなると同時に一抹の寂しさを覚えた。

 一人残されたナンナは慌てて父の後を追った。だが、気持ちは戦場にはなかった。囚われの身であったあの頃…。マリータとも引き離され、孤独と恐怖、悔恨、そして絶望。そんな中で思うのは家族であり、主君でもありそれ以上に特別な存在であるリーフのこと。
「リーフ様は私のために…。捕まった時に死んでいれば…」
…でもそれはできなかった…。自害すればマリータも運命を共にするだろう。エーヴェルに顔向けできない。ナンナにとっても母親同然の女性にそんな悲しい思いをさせる訳にはいかない。
「それにしてもお父様は…」
 幼稚な自分勝手な言い種だと自分でもよくわかっている。槍騎士であり、屋内の戦いには不向きな父、あの時も外で戦っていたことは十分承知している。それでもエーヴェルは残ったのに…。そして自分を守ってくれたのはエーヴェルであり、リーフであった。さらにエーヴェルは目の前で石になってしまった。そのことが父に対する思いをより複雑にしていた。
 いつからだろう。こんなふうになったのは。前は心の底から父を愛せた。今もその気持ちに変わりはない。だけど…。母を一人で行かせたこと。そして、もう一つ、人々の間で囁かれている噂…。
「お母様に似ているって言われるのはすごく嬉しいけど、眼の色だけじゃ。…お兄様はもっと似ていらっしゃるのかしら?」
 空色の瞳を曇らせながら、ナンナは記憶を辿った。覚えている両親はいつも仲睦まじかった。しかし、父の態度はどことなく遠慮がちで、それはナンナに対しても同様だった。噂を裏付けるようで無性に腹立たしかったのだ。
「リーフ様にはともかく、どうして私にまで…」
 戦場独特の緊張感がナンナの意識を引き戻した。もやもやした気持ちを振り払うかのように馬のスピードを上げた。瞳にかかっていた雲はすっかり晴れていた。

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