1997年2月中旬

2月11日
 やけに右翼の街頭宣伝車が多いと思ったら、今日は建国記念の日だった。別に日本がいつできようと僕には関係ないけれど、休日は歓迎である。大正・昭和を生き抜き高齢で死去したとある方も「緑の日」となれば、それはそれという感じである。

 昼食は知人の招待で、浜松名鉄ホテル。2階のレストランで地元産品(主に洋野菜)を生かしたコース料理。とてもおいしかった。洋野菜のシーズンはそろそろ終わりなので、このメニューも一旦休止となるらしいが、来年になればまたやるというそうなので、興味のある方はどうぞ。1人5000円ですけど(^^;夕べあんなにはしゃいで飲むのではなかったなと、後悔しながらもおいしく食べました。

 その後はちょっとインターネットカフェ「チャールストン倶楽部」へ。初めて足を踏み入れたが、けっこうパソコンに向かっている人が多くて驚いた。いまさらどれだけはやっているかと、結構疑問視していたのだが、喫茶のついでにカップルや親子連れなどが楽しんでいた。インターネットを知らない知人に説明しながらネットサーフィンしたのだが、知人は家具とかインテリアとかに興味があるらしく、自分一人でサーフィンしていたら絶対に見ないようなホームページをたくさん見ることができた。

 今日は一日中晴れたり、曇ったり、雨が降ったり。夕方には前線の通過にともない雪もちらついていた。夕飯はいつもと同じココ山岡じゃなくて、coco一番屋でカレーとビール。昼食とのギャップが独身者ならではと言えよう。

2月12日
 どうということはなく仕事の一日。明日は東京へ出張なのでさっさと寝ようと、思うが少々思ったことなどを書いておこうかな。とりあえず今日は「大月隆寛の無茶修業」上下(大月隆寛、毎日新聞社 各1400円)、「ことばの行方・終末をめぐる思想」」(小阪修平、芸文社 1648円)を購入。おまえいつ読むんだ?と自分で自分に突っ込んでおく。
  
 とりあえず、「新ゴーマニズム宣言第2巻」(小林よしのり、1030円 小学館)について。いや、いろんなひとがいろいろ書いているからなんだけど、読者の「応援レター」を掲載するのはなんだかこそばゆいです(笑)。別にいらないじゃん。昔、九州男子は年取ると説教くさくなるという文章を読んだことがあった(その人の挙げた例は武田鉄矢、さだまさし・笑・)が、もう一人リストに入れてもいいんじゃないかなあ。でも、このギリギリの感じはすごく読者としてスリリングではある。

 もう一つは「よしりん」の天敵「噂の貧相」こと「噂の真相」(笑)。これもいつも楽しみに読むのは(すみません。これはオーヴァーです)読者欄。老若男女がもう、自分のおもいのたけをこれだけとうとうと述べる読者欄も少ないのではないか?特に今回の「安田成美よ真の奮起を」なんて、この手のものでは最高ではないだろうか。大きなお世話とも言うが。
 でも、ここで話題にするのは「エヴァねた」です。どうもすいません、ワンパターンで(^^;
 記事のタイトルは「アニメヒット大作「エヴァンゲリオン」の裏側 アニメ界の最近の大ヒットといわれるこの作品の裏側に自己啓発セミナーの影が」。
 既にこれって以前1行情報かなんかで乗らなかったっけか?という疑問がまず一つ。でも、記事の焼き直しって時々経済紙なんかでもあるみたいだし、これは「通し」。ポイントは新しい事実がどれだけあるかってことですよ。ニュースの価値は。この記事ってそういう意味では少ない材料から形にするという基本をすごく踏まえている。これは皮肉じゃない。
 例えば・「既にオタクの領域を越えた1大ブームを巻き起こしているのである」ってこの筆者は絶対そうは思っていないはずなのだけれど、こう書かないと記事の価値が下がるからね。オタクのなかだけの騒ぎだったらそれはコップの中の嵐、一般性があるほど記事としては価値が高くなるということを踏まえてのテクニックの一つですね。
 で次は「監督自身が自己啓発セミナーにはまっていたという話がある」と、見出しのキーワードに触れた上で、「一方」と話題を「商業主義的やらせだった」という方向へすぐに話題を転換する。あれ、見出しの話題はどこへいったのなどと「カマトト」ぶってはいけない。ここで、一言セミナーに触れているからこそ、見出しで「セミナーの影が」と書けるわけですからね。見出しを意識して原稿を書くのはライターの基本でしょう。僕はよく知らないけど。
 で、そのあとはガイナックスの内部事情を関係者のコメントで紹介して、「子どもに絶大な影響力を持つといわれるアニメだが、その一大ブームの裏では、オトナ」の世界のさまざまな思惑が蠢いているのである」と締めくくっている。この筆者はおそらく30代前半ぐらいまでのオタクも含めて子どもと言っているようですね(笑)。問題はこの筆者の意図がどこまで読者に通じるかどうか。あんまりセンスないこと書いてると、「国際おたく大学」でまたネタになっちゃうぞ(^^;;
 で、最終的にこの記事に新しい事実(?)がどれだけかというと
・あのラストはLDなどの売り上げを当て込んだヤラセ
(この意見を新しい事実というのもなんだけどね)
・コミック最終巻もしり切れとんぼ
(あれアスカでてきてあれで終わりだったの、そんなあ・本当か?)
・同人誌に一部始終が乗るはずだったが、ガイナックスが削除を命じた
・社長がベンツやマンションを購入
・ヴェルファーレでイベント 
(でもこの上二つを「まさにイケイケ状態なのである」でくくるとは、ダサイセンスだ)
・朝日パソコンの記事についておわびを出させた・記事に横やりを入れるのは日常的
・テレ東やキングレコードへの売り込みも監督個人でやった
・庵野監督が社内で孤立
・社内でいじめがある
 この中でどれだけ確実なネタかどうかは知らないけれど、全体のまとめかたを見ると、噂の真相への信頼度(笑)がぐっとさがっちゃいます。まあ、アニメ業界に極端に弱いのかもね、噂真は。

2月13日
 東京へ出張。出張先で日本の社会がいかに「身体」を封印しているかについて話を聞く。ある種の障害を持った子どもの中絶率が日本では高いこととか、日本の解剖の歴史は当時(あるいは今もか)差別を受けていた階層の人が実務者として担っていたことなどを聞く。どちらも、今の日本のオフィシャルな歴史などでは決して出てこないが、あることなのだそうだ。いかに我々の社会がそうしたことを枠外に押し出しているかということを感じる。

 と、そんな勢いで神田から神保町を歩いた。だが時間もなかったし、予備知識もゼロだったので、適当に入った古本屋で「悪魔の飽食」正続(森村誠一、角川書店 470円−)を文庫で購入。2冊で400円でした。帰りの新幹線で読み始めるがムチャクチャ面白い。感動する。ただ「事件屋稼業」風にいうのなら「生きているのが嫌になる種類の感動」だけれどね。目的の鶴見俊輔氏の著作は見つからず。ある古本屋では女の子がマンガ家高橋陽介氏に関する小冊子(?)を買っていて、お店の人が「いい本買われちゃうなあ」と笑っていたのが印象的だった。
 いつか古本店街にリターンマッチするぞ、と心に誓う。
 
 「身体の文学史」(養老孟司、新潮社 1339円)と「大月隆寛の無茶修業・上」(大月隆寛、毎日新聞社 1400円)を読了。「身体の文学史」はなかなか興味深い内容だった。この手法・視点でマンガ評論なんて確実に可能だし、それはそれで面白くなるかもしれない。題材は「巨人の星」「スプリンター」「北斗の拳」あたりでどうでしょうか。誰かやらないかなあ。でも、いまさら僕はどのように身体に関する感覚を取り戻せばいいのでしょうか。と、やっぱり尋ねたくなるのだった。もっとも、養老氏に実際にこんなことを尋ねようとは思わないけれどね。

昨晩はへんな夢を見た。世の中で一番どうでもいい話というのは「他人の夢の話題」らしいが、少々書いてみる。
 簡単にいうと内容は「インデペンデンスデイ2」を見に行くというもの。劇場に入ると映写技師が下手なのか、劇場の画面サイズがくるくると変わる。で、結局左右が切れているのにビスタサイズで上映が始まる。今度はエイリアンが人間に化けて潜入する物語という。ところが、エイリアンが化けている小学生などはどこかリトルグレイに似た姿で、なおかつ顔が紅く光っているのですぐ分かってしまう。僕が(この時は既に映画の中に入っている)「君エイリアンでしょ」とその小学生に尋ねると、顔の色をいろいろ変えて普通の肌色にしていた。こうやって書いてみても無意味だ。(^^;;
 
 突如、15日にお楽しみの予定が入る。捨てる神あれば疲労(笑)神ありか?
2月14日
 バレンタインデーだそうだ。会社の談話室には女性社員全員で購入したチョコレートがおいてあった。これも「愛」の一種かもしれないが、「一山いくら」の愛だろうな、と思って2つほど食べる。某エロマンガ誌の表紙には「チョコレートより本誌をプレゼントに」と、ウケ狙いのフレーズが書いてあった。まあ、何と言うか「愛の水中花」状態なわけだ、世間は。あれも愛、これも愛、たぶん愛ってか。
今日はホームページのリニューアルに挑戦するので、これでおしまい。

2月14日
 (続き)とりあえずこういうふうにページをリニューアルしてみました。最大の特徴は当日書いたものはかならずトップページKから直接読めるようにしたことです。これでだいぶ手軽に見られるようになったと思います。評判などもお聞かせください。ただ、いい素材集に巡り会わなかったこともあって、画像関係はほとんど増えていません。

2月15日
 午前中はひたすらホームページのリニューアルに費やし、ついでに映画「トキワ荘の青春」を見る。ペーソス漂うなかなかの完成度。夕方から食事に出かけて、帰宅後インターネットにつなぐとどうやら劇場版「エヴァンゲリオン」の公開が事実上延期だという。厳密には、一部を春に公開し、夏に続きを公開するという。

 まず、僕の個人的な立場をはっきり言う。エヴァンゲリオンはテレビ版で既に完成していた。あれはつけ加えることはほとんどない状況だ。そこで、さらに劇場版となれば予定調和的なクライマックスしかありえなかっただろうし、それを覆すことができたらそれは監督をはじめとするスタッフの限界を超えた努力、アイデアの成果だ。僕はそんな「期待」とも何ともつかないものを持って、劇場版の公開を待っていた。

 今回の不祥事の責任はどこにあるのか。今回の一番の問題は、中途半端な作品で2回お金をとることだ。となれば公開の延期を決定せずこの強引な公開方法を決めた人間に問題がある。僕は興行のシステムには疎いのだが、おそらく松竹の番組の組み方に問題があったのではないか。ここが早い段階に公開延期の決定をしていれば、被害は最小限にとどまったように思う。あるいは、そうできない理由があったのか?これが、「ファンだったら春も夏も劇場に足を運ぶはず」と考えての判断でないことを信じたいのだが・・。松竹はドル箱の寅さんもなくなったしなあ・・

 もう一つは何故製作が遅れたのかという点についても疑問がある。ファンとして完成度が低い作品を劇場で見ることは苦痛だが、今回のようにあまりにビジネスとして看過できないトラブルとなると、スケジュール管理や予想について(まあ、確かにこういうのは絵に描いた餅なのはわかるが)重大な見落としがあったのではないかと思いたくなる。もともと、アニメ映画の製作は諸般の事情が優先となって決して十分なスケジュールの中で作っているとは言い難いものもあるようなので、今回はそれがはっきりと表面に出てしまったのかもしれない。
 そういう意味では高畑監督の「火垂の墓」が一部未完成のまま公開されたのも、ビジネスの仁義に反していると思う。

 だから、こういう事態になればなるほど僕は作品の完成度には期待しない。遅れの一因には終わることのない物語をむりやり終わらせるしかないという、根本の問題をクリアできなかったという理由もきっと含まれているからだ。そういう意味では下手すると夏の完成だって怪しいかもしれない。それに、春と夏でぶつ切りとなった作品が「真の完結」といわれても、明らかにフィルムとしての完成度は下がる。きっと再来年あたりにその2本を1本にまとめた「究極の完全版」ビデオが出るだろうけれどね(笑)

 じゃ、劇場にいくか行かないかといわれると悩むところはある。どっちにしろヒマだし(笑)、こうした事件性のある映画はやはり「話題沸騰」のその時に見ることが重要という気もする。総集編に出てくる新作のカヲル君も気になるし(^^;; 結局、僕のエヴァへのこだわりっていうのは、自分が寂しいってことの裏返しなんだけどね。これさえ自覚してれば何が起きても安心安心

ここまで書いて配給は東映だと分かった。松竹さんごめんなさい。

2月16日
 結局終日パソコンに向かっていた。不健康だなあ。外は強い風が増えている。

 「大月隆寛の無茶修業」を最近読み終わった。毎日新聞の夕刊で掲載していたものなので、やや散漫な印象がぬぐえない。ルポとしても中途半端で食い足りない感じが残る。新聞で掲載していた時は雑誌的な雰囲気があって、興味深くみていたのだが、単行本で読むとまた印象が違って驚いた。同じ活字でも、メディアによって「言葉」や言葉を扱う「手法」が規定されているから、読者も無意識のうちにそれを認識して読んでいるのだろうなあ。

 それでもいくつかおもしろ内容はあった。漫画家永島慎二の「歴史から分断された若い子(漫画家)は、過去もないから未来もない」という苦言には、マンガが文化として蓄積されていない側面を突いている。また、慶応大学藤沢キャンパスのルポも面白かった。ほとんど、「インターネットはからっぽの洞窟」の世界なのだ。「コンピューターを導入すれば事務職も少なくて済むだろうということで、職員が少ないんです」「ネットワーク導入が省力化につながるのは嘘です」「ネットワークはインフラなので立ち上げた以上ダウンさせるわけにいかない。メンテナンスにコストがかかることをもっと分かって欲しい」。こうした現場の不満がモロに描かれていて、楽しい。

 サザエさんのシナリオが変わったように思う。以前は4コマのネタを軸としたソナタ形式(^^;だったと思うのだが、今は完全に生活アニメになっている。ちなみにソナタ形式とは(主題−変奏−主題)という形式で、かつてのサザエさんの場合はタイトルが主題で、それにまつわるギャグを紹介していく展開が多かったのだ。おそらく、この作品の雰囲気の違いは生活アニメを書かせたら無敵の雪室俊一さんが脚本に入ったことと関係あるように思うのだが・・・誰か真相知っていたら教えてください。

 朝刊によると県高校新人サッカーで藤枝東高校が準決勝進出だ。いつもここまではだいたい勝っているようだけれどね。 僕はあまり愛校心があるほうではないが、気にはなる。もっとも愛校心どころか、愛社精神や愛国心もないからなあ。「自国に誇りを持てる教科書」なんて言われても、ピンとこない。これについてはまたいずれ。 

2月17日
 仕事の日。一時期減っていた体重がまた増え始めた。うーん安心して飲み食いしているからかもしれない。少し反省。

 バーチャル霊園なるものを運営し始めたお寺があるそうだ。場所はここ。説明を読むと、仏さんが死ぬ前にプロバイダにお金を払っておけば、そのホームページも管理してくれるらしい。日記書いている人の場合これは、なかなか思い出深い内容になるに違いない。内容の更新がないのが残念なくらいだ(^^;

 昨晩は中断していた「ねじ巻き鳥クロニクル」をまた少し読んだ。2度目に読むと前は何げなく読み落としていた細部に気づくので面白い。最近はノンフィクションばかり読んでいたので、物語というものをものすごく新鮮に感じる。

 今日は本を買わないぞと思っても、やはり買ってしまう時はある。ある映画のセリフ風にいうなら「本屋に捕らわれている本を解放してやるのが、僕の仕事←オイオイ」というわけである。何しろ一目会った時に買わなければ、2度と会えなくなることもあるからね。決断力の勝負だ。もっとも5年越しで見つけて買ったけど、全く読んでない本(インテレクチュアルズ・学生時代に買い損ねたのを浜松で買った)もあるのでえらそうなことは言えないけれど・・。

 というわけで今日買ったのは、「情報の歴史を読む」(松岡正剛、NTT出版 2900円)。かなりボリュームがある本なので(約430ページ)もう少し高いと思ったら、2000円台だったので即ゲット。内容も大学の集中講義をベースにしてあるので、読みやすい。欠点は重いので寝転びながら読めないことかなあ。こういう分かりやすいけれど新鮮な視点のある本が世の中に一杯あればいいのに、とアマチュア読書家は思う。NTT出版というと、テキストとかが主なようだけれど、ゲームの攻略本やマンガも出版している。今回の本はブックス・インフォームというレーベルを立ち上げたようなので、今後の出版にも期待したい。

 それから本屋で見かけた雑誌(?)「ぶんりき」。読者からの投稿だけで成立していて、掲載作品について人気投票するらしい。ポイントは、投稿者が分量に応じて掲載料を払うこと。自費出版の雑誌版とでもいうべきか?小説あり、評論あり、詩ありでなかなか楽しそうだった。「海燕」の新人賞だかに、海燕の発行部数とほぼ同数の応募があったという話だが(応募ガイド雑誌を見て応募した人が大半だったらしい)、表現したい人のニーズってけっこうあるのかもしれない。市内の書店にも2冊ほど市内のアマチュアが自費出版した本が並んでいるしなあ。

 最近思うのだが、ゲーム批評があってなんでアニメ批評がないんだ?本来なら、旧来のアニメ誌とは出自が違う「動画王」がそのポジションにつくべきような気もするが、編集部の意図はそうではないようだし・・・。ちゃんとした作品のレビューをやる雑誌がないのが残念だ。ちゃんとした批評の場がないのがアニメの最大の不幸だと思うのだが、アニメファンて自分だけの小世界を大切にしたがるから受けないかもな。それに、広告なしで文字だけっていうとファンへの訴求力は格段に下がるだろうしね。そういえば、エヴァの春夏2段公開(?)は、東映の関係者(どのレベルの関係者かはしりませんが)でも角川らしいやりかたと妙に納得されておいるようですね。

それからリニューアルによるリンクミスなどあればまた教えてください。

2月18日
 昨日、岡田斗司夫さんのホームページを読んでいたら「僕たちの洗脳時代」がまた増刷とか。今度は浜松市内の書店に並ぶのだろうか?

 朝日新聞の夕刊マンガ「Mr.ボウ」(作・砂川しげひさ)をどうにかしたいと思っている人は多いだろう。分かりやすく言うと、4コマの体をなしていないのだが、視点を切り替えると不条理劇の趣があることに最近気づいた。この前に連載していた「サミット学園」は、一コママンガではなかなかの切れ味のある山井規雄さん(だったかな)だが、やはり苦戦して途中から路線を変更していた。でも、Mr.ボウは未だ路線変更の雰囲気はない。文化賞をスタートさせるぐらいマンガに力を入れている(笑)朝日新聞だけに、今後の展開に注目である。(いや、そんなに力む必要もないのだけれど)。ちなみに僕は、毎日のアサッテ君と朝日のとなりのやまだ君は好きだ。やまだ君はもっといしいひさいちの味が強くてもいいかもしれないが・・・

 今日は夜勤。いつもはだらだらとネットサーフィンして時間をつぶすのだが、今日は仕事がたまっているので、日記だけ更新して、仕事を続けるのだった。

 これから飲み会の日々が続く。今日は嵐の前の静けさか?

2月19日
 飲み会ラッシュの初日ですでに自爆。4軒目か5軒目あたりで記憶がなくなっている。で、気がついたら会社のソファーで寝ていた。これが20日午前4時か5時。吐き気をこらえて、帰宅する。
 ウオッカがわるかったのかウイスキーのトニック割りを飲み過ぎたのか・・・。(続く)

2月20日
 というわけで、休みだったので延々と眠り続けた。寝入りばなの明け方には、社内連絡網で緊急連絡が回ってきたが、結局二日酔いでダウンしていて会社にはいかなかった。午後1時過ぎまで眠ってようやく人心地がつく。といっても頭は重いし、おなかの具合もまだ変である。風邪(インフルエンザ)をひいたかとも思ったが、どうやら単なる飲み過ぎのようだ。今日の夜の飲み会までに、少しは持ち直さないとつらいなあ。少し自宅で仕事を片づけようとも思っていたのだが、寝る。


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