あの日の冒険の続きを (前編)
――「また会おう」その後。



「また会おう」の続編です。未読の方はそちらからお読みください。


◇◆◇◆◇


―― よっしゃ、冒険や!冒険するで、マコやん!
―― マックニコルだよ。冒険、っていったい何を。
―― 何だってええやん、兎に角、冒険しよ、冒険!

◇◆◇◆◇

子供から少年へ、さらには青年と呼んでも差し支えないくらいの時がたった今も。
遠く離れた惑星から宇宙空間を飛び越えて、プライベートラインの回線が繋がり姿が映ると、彼はモニタ越しにに私をこう呼ぶ。
マコやん(・・・・)
私は僅かな怒りと、僅かな苛立ちと、僅かな苦笑と、さらには僅かな喜びの入り混じった大層複雑な心持ちで、こう答えるのだ。
マックニコル、だッ!」


これから、そんな私の友人の話を、しようと思う。
しかし、我々の友交に至るまでの経緯(いきさつ)を語るためにはいくらか、快適でない記憶についても話さなければいけない。
まあ、仕方のないことではある。
十二の歳で、私は家族のすべてを失った。まず年の初めに、私を可愛がってくれていた祖父があっけなく病で逝った。そして同じ年の夏に、両親が交通事故で逝ったのだ。周囲の親戚達は、保護者どころか財産を狙う敵でしかなかった。当時あったごたごたは、ここで詳しくは語らない。語る必要もない。語りたくもない。
だた、あまりに突然訪れる別れは、時として人の論理的な思考を麻痺させるのだという経験を語りたい。
両親が逝ってしばらくたったときのことだ。夏の終わりの生ぬるい雨が降っていた。庭の楡の木の下に、野良の仔犬が雨宿りをして、心細そうに啼いていた。
一人残された自分にも重なって、ひどく哀れに思った。そして、その犬を飼いたいと思ったのだ。
窓から犬を見つめ、ごく自然に、私は考えた。

―― あとで、飼っていいよねって、父さんと母さんに頼んでみよう。

次の瞬間、彼らはもういないのだと理性が己を諭した。このときに襲った感情を、表現する手だてを私は知らない。
葬儀やら莫大な財産の相続の手続きやらで、ずっと続いていた非日常。それが途切れ、元の生活に戻ったように思えたまさにその時に、私は私が永遠に失ったものを思い知らされたのだ。
わざわざこのことを語るのには理由がある。
嫌な理由だ。
何故なら、二十五も過ぎようとしたある日、私は再び同じような思いを味わったのだ。長い付き合いの幼馴染に、いつもの習慣でくだらない嫌味でも通信しようとして、我に返った。
彼は既にその回線の先にいないことを、思い出して。

◇◆◇◆◇

その日、私は十年間出たことのない自分の部屋の中で、部下からの急な連絡を受けた。
惑星連合政府から、内々に要人の捜索願いが出たというのだ。
そんなものは警察か軍隊に任せておけばいい、財閥などの出る幕ではない、一般人はそう思うだろう。だが、この宇宙というのは大変複雑な政治形態をしており、主星を中心とした惑星連合政府が主とはいえ、それに属さずに独自の国家を築いている惑星は多くある。
それゆえ、政府に属した機関はその政府の守備範囲でしか動くことが出来ず、むしろセティンバー財閥やウォンカンパニーのように宇宙の隅から隅まで浸透している企業の方が、身動きも取りやすく、情報も多く集まる場合があるのだ。
同じ依頼がウォンにも行っているのだろうな。
ライバル社の存在を忌々しく思いながら、私は連絡の詳細を確認する。
内容は、こうだ。
―― 兄王の急逝によって、急遽即位しなければいけなくなった白亜の王太子が行方不明。
王太子の名前はカムラン、齢七つ。
身長4フィート2インチ、短い黒髪、目尻にある青い刺青が、目印。
当初はお忍び旅行で途中まで側近が同行していたが、主星に来たところではぐれた、正しくは、王太子が自らの意志で姿をくらましたらしい。
補足情報として記載された、それまでの足取りは、白き極光の惑星から白銀の環の惑星を経由して主星へ、とある。

ずいぶん間抜けな側近だ。椅子に寄りかかり、私は乱暴にそう考えた。
だがこの時、何かが記憶にひっかかる。白き極光の惑星から白銀の環の惑星を経由して主星へ。その言葉の羅列は、かつてどこかで聞いた事があったのだ。
確か、三年前のことだ。
とある入札でウォンカンパニーと衝突するのがあらかじめ予測されていた。
私は、ある程度無駄なのは承知で、幼なじみに探りを入れるため、通信回線をつないだのだ。
案の定、話は散々はぐらかされた。いつの間にか、話題は最近経験したという、彼の冒険譚になっていた。

―― 白き極光の惑星から白銀の環の惑星を経由して、主星へ行ってな、
   そこででかいバケモンと戦ったんやで。
―― ほう、それはそれは。
―― あ、信じてないやろ、マコやん。ほんとやで。
―― チャールズ、僕は君の言葉を嘘だと思うことはない。この先もだ。で、その後どうしたと?
―― あ、それでな、せっかく主星やから。俺等の故郷の街に行ってな、準備整えた。
―― 準備?
―― そ、最終決戦の。昔マコやんとふたりで遊んだ林の手前の空き地あったやろ。
   あそこで皆でキャンプしたんやで。
―― 最終、決戦?
―― だーかーら、宇宙の侵略者と戦った、言うてんやん。
   フライパンと金盥とハリセンもってな、大活躍や!俺。
―― …… ほう。
―― あ、信じてヘンやろ。まあしゃーないな。
   最後んところは、自分で言ってても嘘臭い。ほんまの事やのにな〜?
―― 宇宙の侵略者と戦った英雄殿は、その後どうしたんだ?
―― ん?あんな、同行してたメンバの一人に白亜の王子様がおったって言ったやん?

ホラ話にしか思えない彼の物語だったが、当時確かに、白亜宮の惑星の王太子が即位式を目前に行方不明になる事件があった。事前に王太子自身による国民への説明はあったが、姿を消す理由は明確にされなかったため、大騒ぎになっていたのだ。

―― その王子様の星で、彼の即位式が盛大に行われて王様になったの見て、帰ってきた。
   その王子様、あ、今は王様な。彼にマコやんの昔の武勇伝?もぎょーさん話したで。
   ティムカちゃん、笑って、仕事以外でも一度会ってみたいゆーてたわ。
―― チャールズ、何を話した。私の「武勇伝?」とは何だ。
―― あ、そろそろ時間や。通信切るで。じゃな。
―― チャールズ、何を話した。待てッ!通信を切るな!!チャールズ!!

どうしようもなく余計なことまで思い出した気もするが、このさい気にしないことにする。
重要なのは、”即位を控えて行方不明の白亜の王子”。
三年前の事件と、今回の事件の状況を表す言葉がピタリと重なったことだ。
政府の者も、もしかしたら白亜の人々でさえ、知らぬかも知れぬ情報を私は偶然手にしていた。
三年前に即位した若き王は、夭逝したと、公式報道は伝えている。その情報の信憑性の怪しさも皮肉なことに私は知っていたが、おそらくそのことは今、関係ない。
関係あるのは、残された第二王子。
唐突に国王となる未来を突きつけられた齢七歳の子供。
白き極光の惑星から白銀の環の惑星を経由して主星へ。
彼は兄王が即位前にたどった冒険の道筋を、今まさに辿っているのではないのだろうか?
ならば、次に彼が訪れるのは、この街だ。この街の、幼い頃チャールズと良く遊んだあの空き地。

急ぎ部下に連絡をいれようと、通信機のスイッチに手をかけた。
これは好機だ。王太子を無事保護し、白亜の首脳部と今よりも強い接点ができれば、いずれは大きなビジネスチャンスにつながる。
今ならばまだ、ウォンを出し抜けるだろう。
こんどこそ、チャールズの鼻を明かして嫌みな通信の一つでも入れてやる ――
極自然にそこまで考えてから、言いようのない喪失感に襲われた。
椅子に身を沈めて天井を仰ぐ。
僅かに視界がぼやけて滲んだ。

そうだ、もう、チャールズはいないのだ。この宇宙の、どこにも。

しばらくの間目を閉じたまま、胸を締め付けるような痛みが徐々に落ち着くのを待った。待ちがなら再び、行方不明となっている七歳の子供のことを思う。
さきほどまで考えていたのとは、全く違った視点からだ。
彼もまた、きっと自分と同じ理由で突如親しい人間を失ったのだ。ましてや彼はまだ幼く、失った存在もごく近しい血縁者だ。
何を思い、彼は己の兄の過去の軌跡を辿っているのだろう?
無性にその少年に、会ってみたくなった。
そうだ、自分であの場所へ行ってみよう。
自分の考えに自分で驚いた。だが、私はその案を採用することにする。

十五歳のときから篭もり続けたこの部屋を出る、最初の理由としては、きっと十分すぎるほど立派だ。

◇◆◇◆◇

外は薄曇りの春の日だった。前夜に雨でも降ったのだろうか、地面は僅かに湿り気を帯びている。
十年以上の記憶を掘り起こしながら、私は一人空き地へと向かう。
屋敷のある丘を下り、ちょっとした高級住宅街を経由してから、下町とまではいかないが、ある程度雑多な商店街などの混じり合った地域を抜ける。
道のりは変わらずとも、町並みは、ずいぶんと姿を変えていた。
昔、幼なじみと買い食いをした麦畑の横の小さな個人商店は、いつしか麦畑ごと大きなチェーンストアになっている。淡い切なさを感じてから良く見れば、セティンバーの出資系列だった。
余計切なくなった。
あの空き地はまだあるだろうか?この時不安を覚えたが、少なくとも三年前までは存在していたのだから、大丈夫だろう。 大きな国道を渡り、防風林の林道を抜ける。もうじきだ。
視界が広がり、昔のままの空き地がそこにある。
中央にある楠の大樹は、さらにその枝を大きく広げるよう、成長している。
そして、少年がひとり、木の下に佇んでいた。
―― みつけた、彼だ。
恐る恐る名を呼ぶと、少年が振り向いた。服装はここらの子供と大差なかったが、くっきりと刻まれた目の下の黥。間違いない。彼は私を一瞥してから言う。
「おにいさん、この星の人?僕を連れ戻すように、命令でも出たの」
冷たい声だった。
「当たらずとも遠からず、ですが正答とは言い難い」
「ふうん」
ここにきて、私は己の行動をどうしようもなく後悔していた。彼に会って、私は何を話そうと思っていたのだろうか。
そもそも、十数年、仕事以外でまともな人付き合いなどしたことがなかった私がである。
この極々繊細な状況において、さらに繊細であろう小さな子供相手に、何を話そうと?
とりあえず、聞いてみた。
「国にお戻りになる予定は?」
「―― わからない」
「では、あなたのこの冒険は、次は何処に続くのですか?」
「どこにも。どこにも、続かないよ。ここで、終わり。ここで、止まってしまったよ」
幼なじみの話を思い返すに、続きは最終決戦。そして、三年前の王太子は国に戻り即位している。目の前の少年が迷う理由は、なんとなく想像できた。
私は、この後どうするべきなのだろうかと考える。
目的の子供はおとなしくしている。保護して連絡を入れ、国の者に引き渡すのはきっと容易なことだろう。
だが、それでは、なにかがいけない気がした。
そう思ったのは、少年の気持ちを(おもんばか)ったというよりは、自分自身の感傷の方が大きかったかも知れない。
十年ぶりに出てきた外の世界。私は、このまま少年を連れて帰る以外の、もっと別の何かをしたかった。

―― よっしゃ、決めた。明日、林の向うの川伝いに上流を目ざすんや。
―― 目指してどうするの。
―― もちろん死体探しや。
―― ぼ、僕は、やだよ。チャールズ、死体を捜すなんて。
―― あー、だめやなぁ。マコやん。そこは「あるわけないやろ!」って突っ込みいれるとこやで。

そうだ、私はまだ、あの川の上流に何があるのか、知らないままだ。
「では、私の冒険に付き合っていただけますか」
「おにいさんの?」

―― ごめん、ごめん。チャールズ。約束の場所にいけなくてごめん。

少年がここに立ちつくしていたのにも似て、私の時間も、あの時で止まってしまったのかもしれない。
あれからは唯一チャールズだけが、私に時の流れを教えてくれる存在だった。それが失われた今、きっと自らの足で踏み出さぬ限り、私は永遠に抜け出せない。

「ええ、十二歳の頃に、友人と約束しておきながら、果たせなかった冒険の続きです」



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2009/03/06 佳月 BGM:Stand By Me/Mountain Road