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日本人の旅は、遠くへ行く。西欧の人たちは近くをしっかり歩く。
いいね、とぼくは学生に話しました。文学談義といってもこの程度なのですが、話している間は、何もかもが消えて、白い光につつまれる心地になります。
文学談義は、その場にいま話題にしている本がない、参照できないときのほうがむしろおもしろいものです。
階段を上がる途中でも、あることばをきっかけに、そんな話になると、そのままの姿勢で話しこんだりもします。本も何もないから、あて推量で進み、停止線が見えたところで、沈黙。
さほど大きなものには育たない。でも、そこに妙味があるのではとおもいます。
荒川洋治「文学談義」〈NHK「視点・論点」2007年11月1日放送〉