94 古きよき横浜

1999.12


 

 『絵はがきでみる風景 100年前の横浜・神奈川』という本が横浜の老舗書店の有隣堂から創業90周年記念として出版された。350ページの大冊に1200枚以上の絵はがきが収録された貴重で、また美しい本である。

 100年前と言えば、明治32年ごろ。その頃の、横浜や神奈川県各地の風景が、絵はがきとして残っているのである。外国人向けとして、各地の名所はもちろん、名所とは言えないような場所まで、丁寧に写真に撮られ、着色されて、大量に印刷され販売されていたようだ。もちろん、外国人だけではなく、日本人も買い求めたわけで、そうしたコレクションが横浜海港資料館だけでも20000枚も保存されているという。

 横浜の港や、関内の建物、根岸の海岸などの風景は、ため息が出るほど美しい。建物は、関東大震災と横浜大空襲によって、ほとんど当時のものは残っていないのだが、何という格調の高さだろうか。現在のみなとみらい地区の未来的な風景もそれなりに好きだが、これらの絵はがきに写っている古き港横浜の姿には遠く及ぶものではない。

 それにもまして、いたるところに川の流れる横浜のひなびた風景の素晴らしさ。今では、ただ雑然とビルの建ち並ぶあたりが、まるでイギリスの田舎のような(と言っても行ったことなどないのだが)静かなたたずまいを見せている。

 そして、ああ、横浜の海岸。高度成長期の大埋め立て事業によって、現在横浜市には、自然のままの海岸は1メートルも残っていないのだが、いったいなんていうことをしてしまったのだろうと、悔やんでも悔やみきれない。根岸湾は外国人によって「ミシシッピー・ベイ」と呼ばれ、その風景は「世界無比」と讃えられたという。その根岸湾に突き出していた岬が、今でも工場の背後に丘のようになって残っているのが余計に悲しみをさそう。

 一度壊してしまった自然は、二度ともとに戻らないとはよく言われることだが、この本の絵はがきを見ていると、そのことが悲しいほど実感される。

 当時はなんの変哲もないただの絵はがき。そして、なんの芸術性も意識せずに撮られた写真。しかし、そこには限りなく心を引きつける郷愁の世界がある。

 この絵はがきをもとに、水彩画としてその風景を復活させてみたい、そんな思いに駆られている。絵はがきから絵を描くなんてと言われそうだが、そうせずにはいられない魅力が、そこにはあるのである。