92 レコード風呂

1999.11


 

 三度のメシより好きというわけではないが、音楽は昔から好きで、ヨチヨチ歩きの頃、隣町の伊勢佐木町にあった『美音堂』というレコード屋の前を通るたびに、必ず立ち止まって踊り出してしまい、なかなか帰りたがらないので困ったものだということを家族の者からよく聞かされた。今ではダンスだとか、踊りだとかは一番苦手なのに、いったいどういうことだったのだろうか。

 執着が激しいというのも、幼いころのぼくの性質で、家には進駐軍の払い下げだか何だか知らないが、とにかく大きな電蓄があって、それでSP版のレコード(多分童謡)を聞くのがまた無上の楽しみだったらしい。しかも、もうおしまいと言うと「嫌だ、もっと」と言って泣きわめく。困り果てた父だか母だか知らないが、ターンテーブルの上に鬼の絵を描いた紙を載せて、電蓄のふたをあけたぼくを怖がらせるという手まで使った。幼いぼくは多分本気で怖がったと思う。何となく記憶があるのだ。まったく酷いことをする。

 音楽を聴くと踊り出すという習性は、ぼくの子供に受け継がれ、長男も次男も、幼稚園のころには、エルトンジョンの曲に合わせて、ソファーの上で踊り狂うのが常で、ははん、こういうことだったのかと妙に納得したものだった。

 そのうち長男が、レコードそのものに異常なほどの愛着をしめすようになってきた。家内が結婚する前に買いためたワイルド・ワンズだの、タイガーズだののドーナツ版を聞くだけではなくて、ひたすらモノとして愛玩するようになった。どこへ行くのでも持ち歩く。ほんとのレコード狂いである。

 挙げ句の果てに、お風呂にまでレコードを持ち込むようになった。お風呂に入るときぐらい離しなさいといっても頑として聞かない。何事も風呂に持ち込むようになったら、究極の境地といっていい。ヘビースモーカーだった父は、風呂の中でタバコを吸っていたものだ。

 最初のうちは、一枚のレコードを持ってバチャバチャやっていたのだが、もちろんそんなことをしたらレーベルは剥がれるし、傷はつくし、レコードは使いものにならなくなる。あーあ、もったいと思いつつも、だんだんその趣味がエスカレートしていくので、こっちもヤケになって、とうとうある日、十数枚のレコードを風呂に浮かべた「レコード風呂」を作ってしまった。その風呂に長男は狂喜乱舞。音楽がいっぱい溶けだしていたに違いないその風呂は、その後レコードから音楽が抜けきるまで続いた。