77 奈良はまずい

1999.8


 

 命からがら斑鳩の里散策を終えて、路線バスに揺られて近鉄大和郡山駅に着いたのは、午後2時すぎだった。暑気あたりのせいか食欲もなかったが、ここへきてようやく空腹を覚えた。

 駅前の商店街には、何軒かの飲食店があった。駅のすぐ近くには、似たような二軒の食堂が向かい合わせのようにしてある。どちらの店先のメニューのケースを見ても、いかにもまずそうなので、少し歩いてみた。天ぷら屋があったが、油っこいものを食う気にはなれない。そば屋はないかと探したが、専門店はない。ラーメン屋で冷やし中華もいいか。しかし、ラーメン屋もない。モスバーガーがある。これが一番安全だが、店で食べるのには何となく抵抗がある。

 それで結局もとの駅前に戻った。どっちにしようか。何となく、店先のデザインが高級そうな方にした。無意味な高級志向である。

 問題は、何を頼むかだ。ごはんものはいけない。ごはんがベチャベチャだったり、固まっていたりするのが、ぼくは何より嫌いだ。だからカツ丼や天丼はよほど信頼のおける店でしか最近は頼まない。ざるそばもあるが、こういう所のそばは絶対にまずい。確信がある。

 うどんだ。関西だもの。熱いうどんのほうが安全だが、しかし、とても熱いものは食う気になれない。よし、冷やしうどんにしよう。最近、冷凍の冷やしうどんを家で食べるが、結構いける。あれなら失敗はないだろう。決めた。

 ところがである。冷たいうどんが、ザルに盛られてくるのだとばかり思っていたが、ガラスの器の中の水にゆらゆら沈んでいる。それに変な太さだ。普通のうどんとラーメンの中間ぐらいの太さで、ちょっと縮れている。その器に、トマトを4つに切ったものが二切れ。キュウリが二切れ。それだけだ。色合いは美しいけど、なんか、お揚げとか、肉類とか味のあるもの入れてくれないかなあ、と思いつつ、つゆに浸けて一口食べたとき、ゲッと息がつまった。冷やしうどんだから、麺の腰も強めだろうと思っていたのがいけなかった。麺の腰がまったくない。歯と、下にベチョッとねばりつくような食感に吐き気がこみ上げたのだった。

 一口でやめたかったが、無理して食べた。店の人はこういう味をうまいと思って作っているのだろうか。あるいは、うまいと思う客がいるのだろうか、実に不思議である。

 奈良にはうまいものがないというのは昔からの実感だが、今度のことでそれは実感から確信へと移ってしまった。