76 奈良は暑い

1999.8


 

 真夏に法隆寺へ出かけようと思う人はあんまりいないんじゃないかと思っていたが、果たしてそのとおりだった。7月30日の法隆寺には猫一匹いなかったと言えばウソになるが、限りなくそれに近かった。

 都立高校へ勤めていた頃に修学旅行の引率で幾度となく訪れた法隆寺は、学生が溢れかえり、夢殿から中宮寺への道などは、上りと下りができるほどの行列が常で、かねがねゆっくりと眺めたいものだと思っていた。

 法隆寺ほど美しい寺はない。薬師寺の東塔も美しい、唐招提寺の金堂も見事だ。しかし、五重塔・金堂・大講堂、そして周囲の回廊が見事に調和した法隆寺は、あきれるほど美しい。だから、夏の盛りに奈良へ行こうと決めたものの、どこへ行くかと迷ったあげく、やはり法隆寺へ行ってしまったというわけだ。

 人影まばらな法隆寺の境内に立って、しばらくは暑さも忘れてその建物に見入った。ため息が出た。金堂内の釈迦三尊も心ゆくまで拝観した。それから中宮寺の弥勒菩薩像をこれまたのんびりと拝観して、もう一度法隆寺境内へ戻ろうと歩いていると、右手に風情のある道。ふらふらと歩いていくと、法輪寺と書かれた道標。そうだ、バスの中からたんぼの中に浮かんだように見える法輪寺・法起寺への道をいつか歩いてみたいと思っていたではないか。よし、歩こう。

 風があるとはいえ、まさに炎天下。歩いている観光客はおろか、地元の人の影も見えない。人間はみな死滅したかのように不気味な静けさだ。池の向こうに広がる墓地。斑鳩町営火葬場だ。道は畑の中に入っていく。法輪寺はどこだ。引き返そうかと思いつつカーブを曲がると、畑の向こうにふっと三重塔が現れた。法輪寺である。これが春や秋だったらどんなに夢心地だったろう。ぼくは暑さのために、頭が次第に朦朧としてきていた。

 法起寺では、とうとう動けなくなった。休憩所にへたりこんでいると、珍しく観光バスからゾロゾロ年輩の人たちが降りてきて、熱心に見学している。あやしいやつらだ。聞いてみると長野から来た仏像や建築の研究グループだという。大学の先生らしき人が、熱心に十一面観音の説明をしている。分かってるんだか何だか、年輩の男女は笑ったり頷いたりして聞いている。やはり世の中、物好きには事欠かない。

 それにしても一刻も早く冷房の風にあたりたい。観光バスに突入したくなるのを辛うじて我慢して、路線バスの来るまでの30分を気の遠くなるような気分で待った。