75 ナポリタン

1999.7


 

 外人というものは、ときどき突拍子もないことを言いだすものだ。

 今では学校をやめてアメリカに帰ってしまったが、一時期ぼくの勤務校に英語の講師として勤めていたG先生というアメリカ人がいた。彼はもとアメリカのネイビーにいて、軍艦で世界各国を回ったという経歴の持ち主で、なかなか愉快な人だった。奥さんは日本人で、本人も流暢な日本語をしゃべるので、英語がしゃべれないぼくでもすぐに仲良くなった。つい先日も、英語の先生の所に彼から届いたハガキに「ヤマモト先生は元気ですか。」なんて英語で書いてあった。気に入られていたらしい。

 ある日職員室でバカ話をしていると、G先生が「ヤマモト先生ハ、外国へ行ッタコト、アリマスカ?」と聞くから、「いやー、ないですよ。だって飛行機に乗れないんですから、とてもとても外国なんて。」と答えると、「ジャア、イタリアニ行ッタコト、アリマスカ?」と言うので、まったく話のわからん奴だなあと思いつつ、声も自然大きくなって、「だから、行ったことないの。外国へは、ぜんぜん、行ったことないの。外国行ったことない人間が、イタリアに行ったことあるわけないじゃないの。」すると、「ハハン?」とか何とか言って、「ジャア、ナポリハ?」この野郎、バカにする気か?「だからあ、ないの!」

 G先生は、にっこり笑って両手広げて「ジャア、今度ネ、行ッテ見テ、クダサイ。ナポリニ行クトネ、先生ト同ジ顔、イッパイ、イッパーイ。」

 世界各国を回っていると、その国その国で特徴的な顔というのがあるらしい。ぼくの顔はナポリ中に溢れているのだそうだ。だから彼は、ぼくがひょっとしてナポリ出身と思ったというわけでもないだろうが、「血を引いている」ぐらいは思ったのかもしれない。

 しかし、おまえの顔はナポリの人間にそっくりだと外人から言われて、嬉しいと思う日本人がいるだろうか。イタリア人に似ているならまだいい。しかしなぜか、ナポリと聞くと、脂ぎった、コスカライ船乗りみたいな、いかがわしい感じがする。どうせなら北イタリアの、ミラノとかフィレンツェの人みたいと言われたかった。そしたら、鼻タカダカ胸張って、「オレは、フィレンツェ(おお、何と美しい地名!)の人間みたいなんだってさ」と言える。ナポリでは、おどけて「オレは、ナポリタンなんだったてさ」ぐらいしか言えやしない。

 それにしても、自分の顔が溢れているナポリなんか、絶対行きたくない。