74 毛生薬は永遠に

1999.7


 

 アメリカへ行って来た知人に5パーセントの「ロゲイン」をもらったんだけど使いますか、と家内の父が言う。

 心が動いた。もういいやと諦めながら、やはり「生えてくる」と聞くと血がさわぐのは我ながら不思議である。もうじき50歳になることだし、今更頭がフサフサになったらかえっておかしいとは思いつつ、しかし、鏡に映した我が後頭部の髪の薄さはやはりため息もので、いくら家内が「そんなこと気にしてないわよ」と言ってくれても、何の慰めにもならない。ハゲの宿命というべきだろう。

 ところで、この「ロゲイン」が、高血圧の治療薬の副作用から発見されたということはなかなか面白い。どうも発毛系の薬品は、偶然発見されることが多いようだ。

 今から10年以上も前のことだったと思うのだが、日本でも画期的と言われた発見があった。ある農家のジイサンが、ある日ササニシキのたんぼで、根のヌメヌメしている株をみつけた。変な稲もあるものだと思いつつ、ジイサンはそのヌメヌメを自分のハゲ頭に塗ったのだそうだ。毎日塗っているうちに、ピカピカ頭に毛が生えてきたというのだ。

 これは大発見ということになって、研究が始まり、数年後にはたしかどこかの化粧品会社から「育毛剤」として発売された。ぼくはその「育毛剤」を見たおぼえがある。箱にはちゃんと「ササニシキエキス入り」と書いてあった。

 それにしても、ことの初めからずっと疑問に思っているのだが、そのジイサンは、どうしてそのヌメヌメを頭に塗る気になったのだろうか。それも一回だけでなく、どうして何日も。そのジイサンは、それまでにもいろんなものを塗ってみていたのだろうか。そのササニシキの根っこのヌメヌメに触った瞬間、「これはいける!」という直感があったのだろうか。どうも不思議である。

 「ロゲイン」も、ある降圧剤を飲んでいた人に毛が生えてきたという他愛もないことから始まっている。発毛一筋、必死に研究を続けている人もいるだろうに、全然関係ないところからひょこっと大発見が出たりする。発毛研究者も、やってられないなあと思っているのではないだろうか。

 「ロゲイン」の方は、「どうせ続かないんだからやめたら? 今までだって、何本育毛剤を無駄にしてきたかしれやしないんだもの。」という家内の言葉に素直に従って、もらうのはやめたが、いつその気になるか分かったものではない。毛生薬は永遠なのだ。