73 一寸先に光?

1999.7


 

 大学に入って何より嬉しかったのは、これでもう数学のテストをやらなくていいということだったが、それにも匹敵するくらい嬉しかったのは、体育の長距離走がないだろうということだった。

 数学はさておき、この長距離走ほどぼくを悩ませていたものはなかった。特に高校生になってから、2000メートル走が毎年体育の時間に行われて、それがたまらなく苦しかった。足、胸、頭、全身が全部、べらぼうに苦しかった。

 学校のフィールドは一周300メートルで、従って6周強。これが死ぬほどつらい。5周目ぐらいになると、自分の苦しい息の音だけが聞こえて、足の裏に食い込んでくる地面が、地獄へとぼくを誘っているようだった。何でこんなにつらいことをさせるのか、その理不尽を嘆いたり、憤ったりする余裕すらない。

 そして、ゴール。それからがまた大変なのだ。たいていぼくは走り終わったあと、しばらく立てない。吐き気と頭痛に耐えながら、トラックフィールドの真ん中に仰向けになって寝ているしかない。その後の授業など頭に入るものではない。心身ともにボロボロである。

 だから、大学の体育の授業が始まってすぐ、体力測定で1500メートル走をやると聞いたときは、あまりのことに呆然としてしまった。ぼくはもう生涯で二度と長距離走はやらないんだと誓ったのだ。何で今更体力測定なんだ。体力なんてなきゃないでいい。体力ないから文学部に入ったんじゃないか、などとわけもわからない理屈が心の中に渦巻いた。

 ここはひとつサボるしかないだろうというのが結論だった。高校までのマジメなぼくには考えもつかなかったことだ。大学生ともなれば進歩するものである。

 1500メートル走が始まると、すっと抜けてトイレに隠れた。連れがいたかもしれない。トイレの窓から校庭を覗くと、ゼッケンの布を背中にヒラヒラさせながら、苦痛に顔をゆがめて走っている同級生の姿が目に入った。やっぱりさぼってよかったとつくづく思った。

 次の授業のとき、教官は「サボった者は、卒業までに絶対走らせるからな。」とどなっていたが、それからすぐに大学紛争が始まり、それどころではなくなってしまい、結局走らずに済んだ。

 嫌なことは、先延ばしにするに限る。先の心配もあんまりしないほうがいい。時間というものは、思いがけない救いの手を差し伸べてくれるものだ。「一寸先は闇」とよく言うが、「一寸先に光」かもしれないのである。