71 「ビューレット反応」狂い

1999.7


 

 たしか高校の生物の授業だったと思うが、「ビューレット反応」の実験というのをやったことがある。

 タンパク質の検出に使う反応なのだが、まず、卵の白身をビーカーに入れる。それに、苛性ソーダの水溶液を入れてかき混ぜる。次に、別のビーカーに、硫酸銅の水溶液を作っておく。硫酸銅の結晶というのは、透明な青で、実に美しい。そしてその水溶液は、淡いブルー。これもきれいだ。

 さて、先ほどの苛性ソーダ入りの卵の白身の入ったビーカーに硫酸銅の水溶液を入れると、あら不思議、硫酸銅の水溶液は、卵の白身のビーカーに入った瞬間、見事な紫色に変わるのだ。透明な液の中に、紫色のインクを流しこんだようになるその反応に、ぼくはもううっとりしてしまった。タンパク質だとわかるなんてことはどうでもいい。とにかくきれいだ。夢中になった。

 そのころのぼくの勉強部屋は、庭に独立して建てられた5畳ほどの小屋で、ぼくは「少年科学者の実験室」と称して、いろいろな実験機材をそこに持ち込んでいた。むろんビーカーなどもそろっている。

 「ビューレット反応」に狂ったぼくは、さっそく家に帰って実験にとりかかった。苛性ソーダはペンキ屋が「灰汁洗い」をするのに必需品だから、ペンキ屋であるぼくの家には腐るほどある。問題は硫酸銅だ。父の入れ知恵でペンキの材料も扱っている近くの薬局に行くと、それは劇物なので親のハンコがいるとのことだった。父も驚きながらもハンコをくれたので、1キロほどの硫酸銅を買い込んだ。

 準備完了。シメシメ、あとはこっちのものである。卵を10個以上も買ってきて、白身をビーカーにたっぷり入れた。そしてこれもたっぷりの水に溶いた硫酸銅。ぼくは息をつめて、豪快に二者を混ぜ合わせる。おお、なんてすごいんだ。まるで紫色の龍が突然現れたようではないか。ぼくは小躍りし、歓声をあげながら、実験を繰り返した。硫酸銅水溶液の濃度を変えると、紫色が微妙に変化するのもムショウに楽しかった。

 多分一週間ぐらい、卵を買っては実験にふけったと思う。しかし、1キロも買ってしまった硫酸銅は、一向に減る様子もなく、しばらくぼくの部屋にあったが、いつかなくしてしまった。その透明な結晶の青は、「ビューレット反応」の紫とともに、いまでも心に残っている。