67 ぜんぜん

1999.6


 

 急いで走ってなんとか間に合ったバスは、後ろの方の2人掛けの席が空いていた。窓側に女子高生らしき子がすでに座っていたが、その隣に腰を下ろす。たったの5〜6分のことだが、くたびれているので、座れてやれやれだ。女の子は、ぼくが乗ったときから携帯電話で話をしている。聞くともなく聞いていると、サーファーの彼氏がいて、どうのこうのと他愛もない話である。小さい声で、ほそぼそと話しているので、ぼんやりその話を聞くともなく聞いていた。

 バスが発車した。2分ほど経ったころだろうか、ぼくの斜め前の2人掛けの席の窓側に座っていた中年の女性が、いきなりこちらを振り向くと、大声で、「ちょっと、そこの女の子!ここはあなたのお部屋の中じゃないんだから、いい加減にしなさいよ。非常識でしょ。」と言った。こわい顔である。ぼくの隣の女の子は、「あっ、すみません。」と言ってから携帯の相手に向かって、「じゃあ、切るから。またね。」と言って切った。中年女性は、隣で本を読んでいた中年の女性に「ねえ、気になりますよねえ。」と同意を求めた。本を読んでいた女性は、体を固くして頷いているようだった。ぼくの隣の女の子は、もう一度、中年女性に向かって、前よりも大きな声で「どうもすみませんでした。」と謝った。しかし、中年女性はもう振り向きもしなかった。後は、静かなバスの車内。隣の女の子は、しょんぼり座っている。

 車内での携帯電話の話し声は、確かに苛々させられる。ぼくは、発車間際に飛び乗ったから、短い間しか聞いてないが、多分その女の子はバスが停車している時から延々としゃべっていたのだろう。だから、中年の女性の気持ちもわかる。

 しかし、静かなバスの中で、ぼくは自分が「ねえ、気になりますよねえ。」と女性から同意を求められたとしたら、「ぜんぜん」と言って見たかったなあと、ふと思った。サントリーの「膳」のCMの真田広幸みたいにシラッと。そしたら、車内の人は、少なくとも「膳」のCMを知っている人なら、笑ったろうなあと思って少し愉快な気分になった。