64 口は災いのもと

1999.5


 

 文化祭は、学校の行事の中でも来客が多い対外的な行事ということで、なかなか気骨の折れる行事である。その上、準備にあたっても生徒ばかりではなく、顧問の教員にも相当の負担がかかる。いきおい、色々な所で小さな衝突がおこる。

 文化祭当日の校内巡回当番というのがある。その責任者である若いA先生が、その当番表を作り、朝の連絡会で再三「何か問題があったら、私までお申し出下さい」と言っていたが、ぼくはたいした問題を感じなかったので何も言わなかった。

 ところが当日、ぼくが顧問だった演劇部の公演が12時半ごろに終了し、心身ともに疲れ果てて職員室の椅子にへたりこんでいる所へ「山本さん、巡回引き継ぎます。」の声。3時から5時までの巡回とばかり思いこんでいたぼくは、びっくりして表を確認すると、1時半から3時までも別の区域の当番に当たっていることに気づいた。前にもこの表を見ているから、知らなかったというのではなくむしろ忘れていたのだが、思わず不満が口をついて出た。

 「何だ、3時間半も巡回なんてひどいじゃないか。だいたい巡回なんて実行委員の教師がやればいいんだ。」等々。疲れているとはいえ、言いたい放題。それに同調してくる教師もいる。と、その時、ぼくの机の向こう側にいたA先生がムッと立ち上がり、こわい顔をして職員室から出ていった。しまった、そこにいたのか。本の陰に隠れていて見えなかったんだ。陰口を聞かれてしまった。と後悔してももう遅い。

 A先生の言いたいことはよく分かっていた。言いたいことがあれば言ってくれとあれほど言ったじゃないか。それなのに、その時は何も言わず、後になって陰で悪口三昧とは人間のクズだ!

 思い切って謝ろうと思ったが、できなかった。せめて巡回の仕事をきちんとやることで、自分なりに償うことにした。けれども、A先生は怒ってるだろうなあと思うと気が晴れなかった。

 陰口などいちいち気にしていたら仕事など出来やしない。人はいつも筋の通ったことばかり言っているわけではない。むしろ、その時その時の感情によって勝手なことを口走る。そういう中で、傷つきながらも自分を信じて生きていくしかないのが人間というものではないか、などと心の中で弁解しても、やはり後味は悪い。

 口は災いのもと。そろそろ50歳になろうというトシなのだから、ひとときの感情にまかせた発言はひかえようと、しばし自分を戒めたのだった。