60 志村けん

1999.4


 

 桜もそろそろ満開だろうということで、家内と二人で近くの公園に出かけた。はっきりしない天気の続いた横浜も、その日は穏やかな春らしい日で、平日とはいえ、けっこうな人出だった。子供たちは春休みなので、そこらじゅうに氾濫している。

 とりあえず桜のある方へむかって歩いていくと、ぼくらのすぐ後ろを7〜8人の男の小学生がごちゃごちゃと固まりになってついてくる。すぐにぼくらを追い越してもいいはずなのに、いくらたってもぼくらの前に出てこない。変なやつらだ、と思って歩いていると、何だか言いあっている声が聞こえる。一人が、甲高い声で「似てねえよ。」と言う。笑い声が起きる。「似てるよ。」「似てねえってば。」ちょっと振り返ると、お互いに突っつきあって笑っている。

 似てるとか似てないとか、ひょっとしたら自分たちの学校の先生にでもぼくが似てるとかいう話なのかもしれないな、などと思っていると、突然、一人がすっとぼくの前へ出て、ぼくの顔を確かめるようにのぞき込んだ。目があった。彼はにやっと笑ってまた固まりの中に入った。

 「何なんだ?」と言って振り返ると、みんなこっちを見て笑っている。一人が、「志村けんに似てる!」と言った。そして、子供たちは笑いながら、ばらばらになって逃げて行った。

 家内はもう大笑いである。

 志村けんは、今に始まった話ではない。もう10年も前、中学生の担任になったとき、クラスの生徒から「初めて先生が教室に入ってきたとき、どうして志村けんが来るのかと思ってびっくりした。」なんて言われたものだ。しかしその後、志村けん自体が少し引っ込み気味だったので、忘れられていたのだが、最近になって志村けんが「変なおじさん」として異常に人気が出てきたので、子供たちもよく知っているのだろう。

 先日も学校の若い女性教員が「山本先生って、昔あおい輝彦に似てたんですって?昨日の飲み会で話題になってましたよ。」という。「あおい輝彦どころじゃないよ。その前は、西郷輝彦だし、その前は石坂浩二だったし、小学生の頃は大川橋蔵だったんだ。」と言っているうちに、だんだん彼女は分からなくなっていくようだった。

 ごく最近では、ぼくをたまたま見かけた姪の友達が、「あんたの叔父さんって、橋爪功みたいだね。」と言ったというのがあって、やや気をよくしていたのだが、またぞろ、志村けんに戻ってしまったか。やれやれ。