59 ニロギの三杯酢あえ

1999.4


 

 先日所用あって一人で高知に行き、親戚の家を訪ねたその帰り道、はりまや橋の近くで、一杯飲みたくなった。しかしぼくは、一人で飲み屋に入って飲むというのがどうも苦手である。間が持たないのだ。

 しかし、今回は背に腹は変えられぬ。飲みたいし、ちょっとうまいものも食いたい。間がもたぬなどとは言ってられない。時間は9時。飲食店以外の店はみんなシャッターをおろしている。その中に、「土佐の居酒屋・一本釣り」という店があった。ちょうど一人なんだから、一本釣りされたようなものだと言うわけで、入ってカウンターに座った。一人の場合は、やはりカウンターに限る。何か前にないと、落ち着かないものだ。

 地酒のメニューがある。有名な司牡丹、土佐鶴、酔鯨、などに並んで、船中八策とか桃太郎とか聞いたことのない酒もある。とりあえず司牡丹を冷でもらう。肴はと、メニューを見ると、土佐の干物盛り合わせ(600円)とある。干物は、鰺やウルメらしい。それと、ナスの揚げ物土佐作りというのもある。それも頼む。

 干物盛り合わせがきた。鰺とウルメ以外に、小さい魚が5〜6匹皿にのっている。食べてみるとなかなかうまい。ただ、なんという魚かわからない。そのうち、一人で飲んでいるというのが全然苦にならなくなってきた。しゃべる相手がいなから、酒のピッチもはやくなる。船中八策へとすすみ、さっきから気になっていた、壁に貼ってある「好評!ニロギの三杯酢あえ」というのは何かと店のお兄さんに聞いてみた。「エート、ヒイラギって知ってますか?」一瞬、トゲトゲの葉っぱのイメージが浮かんだ。あんなもん、食えるのか?「魚ですけど……」と店員は言って、どう説明していいか戸惑っている。「ところでさあ、この小さい魚の干物、なんて言う魚?」ときくと、それを見て「ああ、それです。それがニロギです。」「なんだ、そうなの。これうまいから、じゃ、それ頼む。」

 ニロギの三杯酢あえは、実にうまかった。軽く焼いた魚が三杯酢であえてある。珍しい食べた方だ。ニロギは、ヒイラギの地方名らしい。あとで調べたら、事典にそう書いてあった。15センチぐらいになるらしいが、そこで出たのは、4〜5センチ。幼魚なのだろう。ちなみに、その事典には「肉量が少なく、ひれのとげが鋭いので多くの地方では食用にしない。」と書いてあった。しかし、あくまでニロギの三杯酢あえはうまく、思わず酒も土佐鶴へと突入していった。