51 健康第一?

1999.2


 「私は酒もビールも飲まず、たばこも吸いません。酒やビールは飲めない体質だとあきらめていました。」と、93歳になる老人の投書。ところが、医者に体にいいからと勧められ、毎食後酒を飲んだら、体調がいい。「どうして体にいい酒を93歳になるまで飲まなかったのかと思います。」と続ける。

 思わず吹き出してしまった。これが、40代とか50代の人の言うことなら、別に不思議もない。そういうこともあるだろう。しかし、93歳などという、とてつもない年齢で、医者に「体にいいから」と言われて、初めて酒を飲んでみたというのが、何ともおかしい。酒は百薬の長などという、それこそいいふるされたことわざだってある。それを知らなかったのだろうか。

 それに、93年間、つまり約1世紀もの間、酒が飲めないと思ってあきらめていたのに、その最後のあたり(失礼。でも、最初のあたりではないことは確かですよね。)で、いくら医者に言われたからといって、どうして急に飲む気になったのだろう。ここで飲んではオレの93年間は何だったのだろうとは思わなかったのだろうか。こんなところで飲んじゃつまらん。せっかくのオレのアイデンティティがなくなるって思わなかったのだろうか。

 老人は言う。団体旅行などの時でも、苦虫をかみつぶしたような顔になってしまうのが辛くて、おどけてオレンジジュースで乾杯の音頭などをとっていたが、今ではお酒をついで乾杯できて嬉しい、と。嬉しいのはわかるが、そんなに辛かったのなら、どうしてせめて85歳ぐらいのときに、飲んでみなかったのだろうか。

 思うに、「酒も、適度に飲めば健康にいいんですよ」と言ってくれる医者が93年の間に一人もいなかったのだろう。考えてみれば気の毒な話だ。この人は、健康を何よりも第一に考えて、生きてきたのだ。だからこそ、93歳まで長生きしたのだろう。しかし、ただ健康なだけの(と言っては失礼だが)人生って、何だろうか。

 最後に老人はこうまとめている。「酒はシーンと心にしみる飲み方ならいいのです。飲み過ぎると、常日ごろの人間を変えてしまうので怖い。酒に飲まれては大変です。」

 いやはや、飲みはじめて1年にもならないのに、もう酒の飲み方の極意を究めたような口調でお説教。もう93年も生きて来たんじゃないですか。一度ぐらい「酒に飲まれて」みてはいかがですか、おじいさん。