33 ヌード酒場でございます

1998.10


 「ヌード酒場でございます」という女の声をスピーカーから流してぼくらの町を毎日のように宣伝カーが走っていた。

 幼いぼくは、この不思議な言葉にいつもとまどっていた。「ヌード酒場」とは何か?これが、わが幼年時代の最大の謎だったと言っても過言ではない。前々回のドザエモンの話といい、ひどい環境に育ったものだ。

 子どもというのは、想像力の動物だから、時としてとんでもない想像をする。「ヌード」というのが「女の裸」だと知ったのはいつのことかは定かではないが、それを知ったころ、「ヌード」と「酒場」をどう結びつければよいのか、困惑はピークに達したはずだ。酒場にヌードがいるのだろうか。いるとすれば、どこに?どうやって?何で、酒場にヌードがいるのか?疑問は果てしなく続く。で、結局、ぼくの出した結論は、カウンターの上に、裸の女が寝そべっていて、男はその裸を見ながら酒を飲むのだろうということだった。

 いったいどうして、カウンターの上に裸の女が寝そべっているなんていうイメージを思い描いたのだろうか。今ドイツだかで話題の「女体盛り」などという下卑た代物をいくら環境が悪いとはいえ少年時代のぼくが知りうるはずもないから、ぼくが独自に思いついたイメージであることは間違いない。

 実際の「ヌード酒場」はつい最近まで現存したから、一度行って見ればよかったのだが、やはり地元のそういう場所というのは行きづらく、結局その実態を知ることもなく終わってしまった。恐らくそれは酒場の一角でヌードショウをやっているような所だったのだろうと今なら想像するのだが、しかしそれならぼくの少年時代の想像の方がよほど審美的ではなかろうか。

 全裸の女をカウンターに寝そべらせて、ただそれを「見ながら」酒を飲む。一種禁欲的エロティシズムがそこにはないだろうか。などと、いい歳になっても、この不可思議な「ヌード酒場」という言葉は、イメージの迷宮へぼくを誘い込むのである。