32 金美館で裸を見た

1998.10


 ぼくらの町には、映画館もあって、そこは東映系で金美館といった。キンピカンと読むのだが、たしか東京の下町にも同じ名前の映画館があったという話を読んだことがある。

 ぼくが小学生の頃と言えば、昭和も30年代だから、東映では時代劇の全盛期。若手の俳優では、山城新伍とか、伏見扇太郎とか、里見浩太朗とかが活躍し、お姫様女優の、花園ひろみや丘さとみなどがぼくらの胸をときめかせたものだ。

 ぼくらの町内の子供会では、よく映画会が企画され、みんなで金美館へ見に行った。しかし企画する大人は、前もってその映画をちゃんと見ていない場合もあったようで、こんなことがあった。

 大川橋蔵が忍者になって出ている映画だったと思うのだが、その中に、殿様の寝室に女が入っていくシーンがあった。画面中央に御簾がかかっていて、その向こうに殿様が寝ている。女は後ろ向きでそちらへ行こうとするとき、はらりと打掛らしきものを脱いだ。すると、あろうことか、あっというまに全裸になったのである。一糸まとわぬ姿で、その背中に長い髪が垂れている。

 子どもで満員の映画館は、そのとき、文字通り「水を打ったように」シーンとなった。「固唾を飲む音」まで聞こえてきそうな静けさだった。何百セットとある子どもの瞳は、その白い女の裸に釘付けになっていた。ぼくにしても、女の裸というものを映画で見たのはおそらくその時が初めてだったのだろう。今でもそのシーンをこんなにも鮮明に覚えているのだから。そしてたぶん、ぼくらはその映画を見たあと、その裸についてしゃべることもしなかったろう。子どもたちは、みんな、見てしまった映像をそれこそ大切に心の奥底にしまって、そそくさと家路を急いだに違いない。

 その「脱いだ」女優が誰だったかも、覚えていないし、その顔も記憶にない。ただ、妙にぼってりとした、厚みのある白い裸体だけが、記憶の底にいつまでも沈んでいる。