24 恐るべし、セミ人間

1998.8


 小さいくせにすごいやつと言えば、もう、何と言ってもセミである。

 体長5センチにも満たないような体で、町中に響くような声で鳴く。これはやはりすごい。「火事だー!」と、いくらぼくが大声で叫んでも、その声はせいぜい向こう三軒両隣ぐらいにしか届かないだろう。それなのに、火事でもないのに、たった一匹の虫が、あたり五百軒ぐらいには「ミーンミーン」という意味のない声を聞かせてしまうのである。やはりすごいやつだ。

 選挙中の広報車でも、ごたいそうなアンプとスピーカーとマイクを備えてこそあれだけ世間を騒がせることができる。それでも、選挙が終わるころには、叫ぶオバサン、オネエサンも、声など枯れてヨレヨレになっている。ところが、セミときたら、いくら鳴いても声が枯れない。もっとも枯れるときは死ぬ時なのだけれど。

 よく、動物の中で一番力持ちはアリだ、などと言われる。自分の体重の何倍もの荷物を持てるからだという。たしかに、セミの死骸などを何匹かのアリが引っ張っていくのを見たことがあるが、アリの体重(そもそもアリに体重なんてものがあるのだろうか)と比べれば、すごい。ノミも自分の体長の何倍も跳ぶから、跳躍のチャンピオンだなどとも言われる。これもたしかにすごい。しかし、それなら、セミがもし人間ほどの大きさだったら、いったいどのくらいの大声なんだろうか。考えただけでもぞっとするではないか。

 たとえば、セミの声は、500メートルぐらい離れていても軽く聞こえるから、それで計算してみよう。セミの体長が5センチとすると、体長の1万倍まで届いているわけだから、身長150センチの人間だとすると、15キロ離れたところまで声が届くということになる。

 しかし、身長より、体重の方が何だか信憑性があるような気がするので、そちらで計算すると、セミの体重が20グラムぐらいあったとして(計ったことはないが、そんなもんだろう)、何と1500キロメートルも届くことになる。

 恐るべし、セミ人間。こんなやつがいたら大変だ。ぼくは、声がでかくてうるさいやつというのが大嫌いだから、こんなセミみたいのがいて、くだらない話を1500キロメートル四方にばらまかれたらと思うと心配で夜も眠れない。いやしかし、インターネットは1500キロメートル四方なんてものではないから、ここでこんなくだらぬことを書いているぼくのほうがよほどセミ人間よりタチが悪いのかもしれない。