87 写真の楽しみ(4)・記録

2016.6.9


 写真の楽しみとして、「現像」のこと、レンズのこと、そしてトリミングのことと書いてきたのだが、何だか、技術的なこと、美術的なことにばかり偏っているなあと改めて思った。

 それはそれで楽しみには違いないが、やはり写真のいちばんの楽しみは「記録」ということだろう。どんなにピンぼけだって、ブレブレだって、構図がなってなくたって、色褪せていたって、「失われたもの」がそこに記録として「定着」していることは、大きな感動や慰めをもたらすものだ。それが楽しみというより、写真のもっとも優れた特性だろう。そういう意味では、日常生活のスナップ写真こそ、今も昔も写真の王道だろう。技術的なこと美術的なことは、その後の話、あるいは別の話だ。

 今回の熊本地震でまた改めて実感させられたのは、「世の無常」だった。熊本城の無残な姿は、それが「城」という本来「滅ぼされるべく運命づけられた建物」であるにしても、やはり限りなく哀切で、痛ましい。再建に20年を要すると聞くと、つい先日までまるで永遠にそこにあるかのように思われていた建造物が、急に「失われたもの」としての相貌を帯びて胸に迫る。

 行定勲監督が、熊本県のPR用に製作した映画「うつくしいひと」は、熊本地震がおきる数ヶ月前に完成していた。熊本を舞台に、熊本県出身の監督や俳優によってつくられた短編のドラマだが、それが期せずして、(いや正確に言えば映画本来の機能が生かされて)、その「失われた風景」の「記録」となったのだ。

 行定監督は、鎌倉生涯学習センターで行われた上映の後の講演で、映画はどんなにフィクションでも、写っているモノは現実です、ということを語った。映画のクライマックスでは、行定監督が愛してやまない熊本城の石垣が背景に使われたという。あのアングルでの石垣と天守閣が子供の頃から好きだったのです、と監督は語った。彼は小学生の頃に、熊本城で黒沢明が『影武者』の撮影する現場を見て、映画への関心を高めたのだという。それだけの思い入れがあっての映画は、それこそ「期せずして」震災後の熊本の人々を慰め励ます作品となったのである。

 最初、熊本の人はこの映画を見たくないのではないかと思ったのです。けれども、今、熊本での上映会には人が並んでいます。この映画を見た方から、「ありがとう」と言われました。ぼくは、今まで映画をずいぶん作ってきましたけど、観客の方から「ありがとう」と言われたことは初めてです。監督はそうも語った。

 その映画「うつくしいひと」を見る前に、近ごろ大改修を終えた鶴岡八幡宮の段葛を歩いてみた。去年から行くたびに、パネルで覆われていてどう改修が進んでいるのか分からなかったのだが、今ではそのパネルもすっかり取り払われていた。新聞報道などを通じて、新しく植えられた桜が満開の中、「通り初め」が行われたことは知っていたのだが、実際に見たのはその時が初めてだった。

 期待していたわけではないけれど、正直のところ、呆気にとられた。

 昔は、舗装されていない「道」は、雨が降れば水たまりもできて歩きにくかったが、それがもののキレイに舗装されている。アスファルトではなく、ベージュの特殊な舗装材が使われているようだが。それがまっすぐにカーペットのように続いている。桜の若木も、10年は経っていると思われるものが、均等にずらりと整然と植えられている。その桜の間には、真新しい灯籠がこれもずらりと、まるで入学式の小学生のように並んでいる。その向こうに、はっきりと八幡宮の建物が見える。

 この感じは、どこかでかつて感じたことがある。そうだ、それは薬師寺の西塔再建の姿を初めてみた時だ。あの時も、呆然とした。なぜこんなことが必要だったのかといぶかしかった。確かに真新しい西塔はキレイだった。創建当時はそうだったのだろうということも納得がいった。けれども、そこで決定的に失われたものは、あの、東塔だけが寂然とたたずみ、西塔の基礎石のくぼみにたまった水に雲が映るという風景だった。あの、ちょっとさびれたような、けれども無限に郷愁を誘う風景を、真新しい西塔がぶちこわしてしまったのだ。

 薬師寺は、その後、金堂やら回廊やらを建て替えたり、再建したりして、さらに華麗な伽藍を再現したわけだが、ぼくはもう、そんな薬師寺に魅力を感じない。ただ、そこに安置されている諸仏だけを愛し続けている。

 それと同じ感慨を今回の段葛にもおぼえたのだ。桜が老いてしまってどうしようもない姿になっていたことは知っていたし、道もあのままではいけないだろうなあとは思っていた。けれども、どこかディズニーランド風にきれいになった、なってしまった段葛には、どうにも馴染めないものを感じたのである。

 家に帰って、昔の段葛ってこんなに灯籠が立っていたっけと確かめようとしたが、ネットを検索しても鮮明な写真はなかなか見つからなかった。「つい最近」のことなので、ちゃんと自分で写真を撮っているかと思ったが、これがまともに段葛を撮った写真が見あたらなかった。こんなに徹底的に「失われる」と知っていたら、もっと意識的に写真も撮ったのになあと、なんだか裏切られたような気分にもなった。

 しかし、ふと思った。そうだ、ここは日本なんだ。災害によらなくても、風景は、あっという間に破壊されてしまうんだ、それをぼくは痛いほど知っていたのではなかったか。つい「裏切られた」なんて口走ったが、そもそもいったい何をぼくは「信頼」していたというのだろうか。

 果てしない悔恨の情のようなものが、ぼくのこころの中を流れていく。自分自身の悔恨ではないけれど、ぼくは、ぼくらは、どれだけの「懐かしい風景」を失ってきただろうか。そのことを思うと、ほとんど自分の事のように後悔するのである。

 行定監督は、講演の最後に、ぼくらは熊本を「取り戻す」のではなくて、新しい熊本を作り出していこうと呼びかけているんです、と力強く語っていた。「失われたもの」をセンチメンタルに慕うのではなく、どうやって新たな感動を呼び起こすものを作り、それを新たな「記憶」として人々の中に織り込んでいくのか、それが問題だと言うのだ。そういう監督の熱意を思い起こして、ぼくも少し元気になった。

 


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