98 頭の中の劇場

2005.8


 「100のエッセイ」を書き始めたそもそものきっかけは、別役実がとうとう100本目の戯曲を書いたらしいという噂だった。戯曲を100本書くことができるなら、エッセイを100編書くことはそれほど難しいことではないだろうと思ったわけだ。おかげさまで「100のエッセイ」は順調にその数をふやし、今ではもう500編目に達しようとしている。

 ところできっかけになった別役実の戯曲のほうは、100本目が何なのかも確かめることなく日が過ぎてしまった。

 別役実の戯曲とは深いかかわりがある。

 新設2年目の都立忠生高校に新任教師として赴任してすぐに演劇部顧問を仰せつかり、その翌年はじめて東京多摩地区の大会に出場したとき演じたのが、別役実の「マッチ売りの少女」だった。ぼくがはじめて本格的に演出を手がけた作品である。結果は、ちょっとしたミスのために優勝できなかったが、雪辱を期して臨んだ翌年の大会では三島由紀夫の「綾の鼓」で地区大会優勝。その次の年はまた別役実に戻って「青い馬」で優勝。そして更に翌年は同じく別役実の「正午の伝説」で3年連続の地区優勝を果たし、この年は東京都の大会でも4位に入るという快挙を成し遂げたのだった。

 栄光学園に赴任して3年目に演劇部を創設したが、以来約20年間の間に、別役実の戯曲を何度も上演してきた。覚えているだけでも、「天才バカボンのパパなのだ」、「海ゆかば水漬く屍」、「受付」「或る別な話」、「小さな家と五人の紳士」と、これだけある。

 別役実の戯曲というのは、似たようなセリフが延々と続き、話の展開も堂々巡りが多いから、セリフを覚えるのが大変で、役者は四苦八苦するのだが、演出はとても面白い。セリフの言い回しひとつで無限の広がりがでる。「ああしろ。こうしろ。」と言いながら、生徒の演ずる芝居にいつも笑い転げていた。

 この夏、別役実がこんなに好きなのに、その戯曲集は数冊しか家にないなあと思ったら、急に欲しくなって、全冊収集を思い立った。しかし、三一書房から出ている25冊の戯曲集はすべて在庫切れ状態である。そこでインターネットを駆使して集めまくり、ようやくあと1冊というところまできた。

 戯曲を読む人はあまり多くはないだろうが、自分で頭の中で演出しながら読むとこれがまた実に楽しいのだ。特に別役実のは面白い。

 これからいつでも頭の中で100本の「別役実劇場」を楽しめると思うと嬉しくてならない。


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