85 スリッパとサンダル

2005.5


 どういうわけか、いつも言い違えてしまう言葉がある。たとえば、スリッパとサンダルである。家の中で「ねえ、ぼくのサンダルどこいった?」などと聞いて、その度に家内に「スリッパでしょ!」とタシナメられる。

 スリッパとサンダルの本当の違いがどこにあるのかは知らないが、ぼくの思いこみは、スリッパというのは、つま先のほうが丸くて足の甲をほぼ半分覆う形のもの、サンダルというのは、足の指あたりのところが露出する形になっているか、あるいは草履の鼻緒のようなものがついている形のもの、とまあこのようになる。

 試みに「広辞苑」を調べてみたところ、スリッパのほうは「足を滑りこませてはく室内ばき。スリッパー。」とあり、サンダルは「1 ギリシャ人・ローマ人のはいた、動物の皮などを紐で足の下にくくりつけた靴。2 はきものの一種。甲を紐やバンドで作り、つっかけるようにしてはく。」とある。なるほど、ミケランジェロの絵画などに出てくる人物は確かに「サンダル」を履いている。なかなか由緒のある履き物であるわけだ。

 ちなみに英語で調べてみる。「ジーニアス英和辞典」には、サンダルの方はほぼ同じようなことが書いてある。ところが、スリッパは詳しくて、「(軽い)部屋ばき・(かかとの付いた)スリッパ・(舞踏用などの)上靴」などと説明してあって、更に「普通はサンダルと靴の中間のもの。日本のかかとのない『スリッパ』は通例 mule」と書いてある。どちらかというと「サンダル」のほうが「靴とスリッパの中間のもの」というイメージがあるが、スリッパのほうがほんとはちょっと気どった室内ばきだったのだということだろうか。

 ついでに書き留めておくと、スリッパは動詞としても使われるそうで、その時は「(子どもを)スリッパでひっぱたく」という意味になるそうだ。さすがに日本人はスリッパとの付き合いが短いからそんなヒドイ動詞にはならないが、なったとしたら「(ゴキブリを)スリッパでひっぱたく」という意味ぐらいになるのだろうか。

 それにしても、ややこしい。日本の「スリッパ」は、むしろ「ミュール」なんだそうだが、ミュールといえば、若いおねえさんが素足にはいて駅の階段なんかでものすごくやかましい音をたてる履き物のことだろうから、てっきりかかとのあるサンダルだと思っていた。

 そもそも「部屋ばき」などというものがなかった日本。混同はむしろ必然的なのだ。


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