77 カラシメンタイコと赤ワイン

2005.4


 修学旅行の初日の夜に生徒が体調を崩し、救急車で病院に運んだが、結局母親に広島まで迎えにきていただくという事態になった。2日目の昼頃、母親に生徒を引き渡してから、ひとり2泊目の神戸へと「のぞみ」で向かった。その晩は一睡もしていなかったので、せめて車中の1時間ほどは仮眠をとろうと思ったのだが、とんだ誤算だった。

 ぼくのそばに、選りに選って6人のオヤジ集団が同じ広島から乗り込んだのだ。

 通路を挟んですぐ隣に座った、三つ揃いの背広の襟に光るバッジをつけたオヤジは、中でも一番エライとみえて、座るや否やその前に赤ワインの小瓶とチクワがさっと置かれた。オヤジはすぐにその赤ワインを紙コップにつぐと、北関東なまりのだみ声でカンパイなどといいながらチクワをつまにがぶ飲み。

 しばらくして車内販売の女の子がやってくると、下卑た言葉で女の子をからかいながらカラシメンタイコを買った。後ろの秘書風の男がビニール袋を歯で食いちぎって開けて渡すと、「紙はないかなあ」とオヤジ。秘書氏からもらった紙のうえにカラシメンタイコをつまみだし、それを手づかみで食いながら、また赤ワインをがぶ飲みする。見ているだけで気持ちが悪くなるような光景だ。

 そのうち車両が揺れた拍子に赤ワインの入った紙コップが倒れ、通路にまるで小便のように赤ワインが広がった。秘書氏は、それをスポーツ新聞紙で拭き、2枚ほどの新聞紙をオヤジの足下に残した。またこぼすと思ったのだろう。

 また売り子がやってきた。するとあろうことか、オヤジはつま先でずるずるとその新聞紙を通路へ押しやるではないか。何だ、通行の邪魔をする気なのかと思っていると、売り子だと思った女の子は車内の清掃係りで、ゴミを集めるカートを押してきたのだった。しかしそれにしても、仕事なんだからお前が拾って捨てろと言わんばかりの失礼千万な態度に、女の子も嫌な顔をしたが、赤ら顔の無言の圧力に負けて、女の子は膝をかがめて新聞紙を丸めて拾った。それを仲間たちはゲラゲラ声に出して笑いながら見ている。オヤジがどうやらまた卑猥なことでも言ったらしい。

 日本人の恥部を見せつけられた気がした。この下品な傲慢さを前にしては、地べたに座る金髪の女子高生の方が百倍もかわいい。

 「テメエの始末は自分でしろ! この品性下劣な田舎者が!」との罵声がのど元まで込み上げるのをこらえながら、結局一睡もできずに新神戸に着いたのだった。


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