59 どっちもどっち

2004.11


 名門中学、同志社中学校の62歳になるベテラン体育教師が、女子生徒に「声が大きい」と言われたことに腹をたて、頭などをたたいたうえ、それでも気持ちがおさまらず、校内放送でその生徒を呼び出し、「おまえをいじめてやる。いじめ抜いてやる。」などと暴言を吐いたということがワイドショーで報じられていた。

 司会の峰竜太、コメンテーターの増田明美や地井武男やらは、62歳にもなって自分を抑えられないなんて情けない、自信を持ちすぎて寛容さを失ったんじゃないか、などといったニュアンスのコメントに終始した。

 今更ワイドショーを批判してもしらけるだけだが、それにしても、一人ぐらい「62歳のベテランの先生がそれだけ頭にきたということは、その女子生徒の言動がよほどひどかったということなんじゃないでしょうか。」ぐらいのことを言ってもよさそうなものだ。そんなことを言おうものなら、視聴者からの抗議殺到ということになるのだろうが、それを恐れてそんな当たり障りのないコメントでごまかすくらいなら、この程度の「事件」など、いっそ報道しなければいいのだ。

 そもそも同志社中学の前に「名門中学」という枕詞をおくことに何の意味があるのか。「名門中学」なのにこんなひどい生徒がいるというのならまだ分かる。「名門中学」の先生なのに、こんなひどいことを言った、というのなら、「名門じゃない中学」の先生ならまあ仕方ないかということなのか。それだけでも十分に名誉毀損ものである。

 先生の「暴言」はかなり詳しく報道されるのに、生徒の「暴言」は暴言にすら感じられない程度に薄められている。「先生の声って大きいね」程度のことを言われて生徒をひっぱたく教師なんているわけがない。「ウザイ先公だなー。声がでかいんだよ。」ぐらいの科白は、今時の女子生徒の日頃の言葉遣いを聞いていればごく当然のように出たと考えるのが普通だろう。

 62歳にもなって何で自分を抑えられないのかとコメンテーター諸氏は言うが、62歳にもなって自分の孫みたいな小娘からそんな暴言を浴びせられるからこそ自分を抑えられないのだ。その先生に非があるのは当然としても、その気持ちは切ないほど分かる。

 「衣食足りて礼節を知る」というが、礼節あっての教育である。礼節を教えるのも教育だといえばそうなのだが、いくら教えても礼節をわきまえない生徒に対して、教師はどうすればいいというのか。まことに教師受難の時代である。


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