58 パンツが売れた?

2004.11


 先日ぼくは、都内の某所で定期的に行われる、きわめて真面目で知的な会合に出席するべく京浜東北線に乗っていた。結構長時間乗ることになる車内では、うるさい乗客の話声に悩まされることも多いので、奮発して今大人気の ipodを買った。

 なにしろこの機械は、10000曲も入れることができ、しかもそれを簡単に検索できるという優れもので、ぼくはいい気になって4000曲あまりを収録して持ち歩いていた。これを聞いていれば、くだらない馬鹿話を聞かずにすむ。

 で、その日もいつものように電車に乗り込んで、その ipodで音楽を聴こうとした。ところが、何にも音楽が出てこない。メニューを見ても、一曲も表示されない。どうしたことか、4000曲が全部消えてなくなっていたのだ。どういう誤操作をしたのか皆目見当がつかなかったが、まあ仕方がない、また入れ直せばいいやということで、その日は、音楽は諦め、寝ることにした。デジタル機器というのはこんなもんである。

 うつらうつらしていると、とある駅から乗り込んできた4人の女子高生が楽しそうに話し始めた。うるさいことはうるさいが、酔っぱらいオヤジの愚痴よりはましだなと思っているぼくの耳に信じられない言葉が飛び込んできた。

 「ねえ、わたしのパンツ売れたよ!」

 思わず、顔を見た。4人とも、そんなに品の悪い女の子でもない。髪を染めているわけでもない。ああ世の中はとうとうここまで来たか。こんなにごく普通の女子高生までがパンツを売ったりして、しかも、そのことに何の罪悪感も恥じらいもなく、こんな電車の中であっけらかんとして話す。まったく世も末だ。

 そう思って呆然としていると、女の子たちはきゃあきゃあ笑って、「ねえ、今何て言ったの?」「パンツがぶれたって何よ?」「ばか! 違うってば、パンツじゃないよ。」なんて言い合っている。

 え? おれの聞き違えか? じゃあ、何て言ったんだ? 思わず、彼女らの会話に耳をそばだてた。

 「わたしのパン、つぶれたよ。」と言ったのだとわかったのは、間もなくだった。

 そのことを、知的でまじめな会合の参加者に話したら、「あんたね、そういうふうに聞こえた自分が恥ずかしかったでしょ。」と言われてしまった。まったく面目ないことである。だけど、あのとき目を丸くして女子高生を見たのはぼくだけではなかった。あの人たちは何と聞いたのだろうか。絶対「パンツ売れたよ」だと思うんだけど。


Home | Index | Back | Next