53 日日是好日

2004.10


 いろいろ受験雑誌などで調べもし、事前に見学にもいったけれど、大学というところは、やはり入ってみなければその内実はわからないもので、東京教育大学もその例外ではなかった。在学中に大学紛争が激化し、愛校心のかけらも持てずに、逃げるようにして卒業してしまったのだが、入学した当初はやはり伝統ある大学らしい雰囲気に感動を覚えたことも確かである。

 僕が入学したのは、文学部国文学科という古色蒼然としたところだったが、その国文学科の図書室は小さいながらも、学問的な雰囲気にあふれていた。細部をよく覚えていないのが残念なのだが、その図書室の蔵書を一目見て、高校の教師志望が一瞬のうちに学者志望に変わってしまったほどだった。こういう本に囲まれて、学問の道一筋というのも悪くないと本気で思ったものだ。

 もし大学紛争というものがなければ、ぼくはそのまま大学に残り、近代文学かなにかを研究して国文学者への道を進んだかもしれなかった。けれども大学紛争の嵐の中で、せっかく芽ばえた学問への夢は木っ端微塵に打ち砕かれた。重箱の隅をほじくるような学問のどこが面白いのかといったような生意気な口をきくようになってしまえば、地道な学問の小道を進めるわけもなかった。

 今にして思えば、たとえ重箱の隅だろうとマッチ箱の縁だろうと、それをつついていくことの面白さになぜ気づかなかったのかと慚愧の念に堪えない。細く長い道を、寄り道しつつたどる愉快さを理解するには幼すぎたということだろうか。

 もっとも、そっちの道にはそっちの道のやるせなさもきっとあったはずだから、そんなに深刻に後悔しているわけでもないが、ぼくにとっては「失われた時」とでもよぶべき大学時代の思い出の中に、国文科の図書室以外にもう一つの忘れられない場所がある。それは、大学全体の図書館だった。天井の高いその図書館の入り口に掲げられていた額には、「日日是好日」と書かれていた。どういう意味かよくわからなかったが、妙に心ひかれるものがあった。毎日ここで本を読んでいれば、毎日いい日ということかなあなどと思っていた。学問の幸せを、その額は静かに語りかけているように思えた。

 「日日是好日」が「碧巌録」の有名な公案であることをごく最近知ったのだが、ぼくにとってはそれは依然として、あの黴くさい図書館の空気とともに、学問への郷愁をさそう言葉でありつづけている。


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