51 顔

2004.10


 白黒の写真をきれいにプリントできるプリンターがどうしても欲しくて買ってしまった。いったん欲しくなると、子供のように抑制がきかなくて、もう少し待てば新機種が出そうな気配だったのだが、待てなかった。案の定、買ってから2月もたたずに、新機種の発売の発表があった。しかしまあ、白黒写真の印刷という点に関してはたいして進歩していないようなので、それはそれでいい。パソコンとかIT機器とかいったものとつき合っていく以上、こんな「悲劇」は「へ」でもないと思わねばやってられない。

 それはともかくとして、白黒の写真を、まるでかつての暗室作業のように自由に作れるという状況になって、にわかに興味を持ち始めたのが「顔」というものである。「顔」の写真を撮りたいと切実に思うようになったのだ。

 絵画の世界でも、とくにヨーロッパの画家の中には、人間の顔ばかり描いている人がいて、昔はどうにも理解に苦しんだものだ。「肖像画」とか、「自画像」とかの、いったいどこが面白いのかさっぱり分からなかった。それよりも、風景や静物を描いた絵のほうが数段おもしろく思えた。自分で絵を描くときも、もっぱら風景か植物だったし、人物は大の苦手だった。風景の中に人間を入れると、とたんに漫画みたいになってしまうので、人間はなるべく入れないようにしていたくらいだ。

 ところが、最近「顔」が面白くてしかたがない。そしてどうやらその原因が、白黒の写真にあるらしい。

 写真を撮るとき、最近はほとんどデジカメしか使わないので、当然、まずカラーの画像になる。このカラー画像を白黒に変換したときに、もっとも劇的に変わるのが「顔」の写真、もうすこし広げていえば「人物」写真なのだ。

 カラーの風景写真を白黒にしたときも、雰囲気は変わるが、むしろ大事な色が失われたという印象のほうが強い。風景にとって「色」はやはり欠くべからざる大事な要素なのだろう。それにくらべて、人物、特に「顔」の写真の場合は、白黒にすると、余計なものが削られ、するどく「顔」の表情が迫ってくるように感じられる。そうした「顔」の表情には無限の魅力がある。

 「顔」を撮りたい。しかもある程度年齢を重ねた男の顔を撮りたい。そんな気分におそわれる。そしてできることなら、自分の顔も。「肖像画」や「自画像」の面白さが、だんだん分かりかけてきたような気がするのも、明日55歳の誕生日を迎えるほどの年月を生きたからだろうか。


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